人がつながり知恵と工夫を合わせる〜各地から人が集まる「人生を豊かにする仕組み」〜

(Text:冨岡久美子 写真:スタジオ八百萬)

学生が体験した「信夫町ガーデンフェスティバル」と「Tamazon」

東京の大学でコミュニティやまちづくりについて学んでいた私は、これからもこの先もきっと忘れられないだろうな、という夏を過ごしたことがあります。それは、2019年8月に、山形県最初のコワーキングスペースである「スタジオ八百萬(はっぴゃくまん)」(以下、八百萬)で行った「信夫町ガーデンフェスティバル」という、小さなまちのお祭りでのことです。

▲スタジオ八百萬

山形県米沢市信夫町は、西米沢駅から徒歩20分にある、人口の約半数が65歳以上のまち(街)。そこで八百萬を運営する山田茂義さん(通称・ネイビーさん)は信夫町で生まれ育ち、脱サラ後に実家の八百屋だった空き店舗をリノベーションして、2014年11月1日にコワーキングスペースとして八百萬をオープンしました。

八百萬はただ黙々と仕事をする場所というわけではなく、様々な職種や立場の人々が、セミナーや趣味のイベントなどでも活用します。そしてここには、米沢だけでなく関東、北陸、四国など全国津々浦々から人が訪れます。「八百萬があるから山形に行く」というファンもいる、文字通りのサードプレイスなのです。

また、ネイビーさんは山形県の置賜(おきたま)広域行政事務組合の行う「人と地域をつなぐ事業」(以下、「人と地域」)の1期生で、その事業の拠点としても八百萬は使われています。その事業の講師が東京都市大学准教授の坂倉杏介氏だったことから、私たちゼミ生と共に「信夫町ガーデンフェスティバル」を開催することになったのです。

▲信夫町ガーデンフェスティバル

ネイビーさんは信夫町で事業を営み暮らす中で、近所の人たちと顔を合わせる機会が少なくなっていると感じたと言います。かつて店舗経営や町内活動をしていた年配の方たちは高齢化で徐々に馴染みの人が減り、40代以下の若い世代に至っては上の世代の人とだけではなく、同世代の人とも交流がないという状況でした。そこで、信夫町の人々の関係性を結び直すことを目的に、八百萬を中心に開催したのが「信夫町ガーデンフェスティバル」です。

具体的には、以前、信夫町の青年部で行われていたビアガーデンを復活させようというもので、八百萬と道路を挟んで向かいにあった薬局の跡地がその舞台となりました。当日、その跡地には青々とした人工芝が敷かれ、普段と違う光景は街ゆく人たちの注目を浴びました。

事前にお祭りの告知もかねて学生が住民に手紙を書き、1軒1軒挨拶に回りました。当日、八百萬では飲食の提供やマッサージ、薬局の跡地のほうではラジオ、占い、けん玉など、至る所で人々のコミュニケーションが生まれるような仕掛けや工夫がなされました。

私の担当したラジオでは、地元のケーキ屋さんと住民との思い出話や町内会長の地元愛に溢れた熱い話、住民の信夫町の好きなところなどを聞きました。

手紙を見て足を運んでくれた住民の方々の「楽しい」という声を聞いたり、「自分たちもやってみよう」「こういう形でなら何かできるかも」と思ってくれたりすることで、私たち学生は「若者がまちにいるだけでまちは元気になる」ということを身をもって体験しました。

そして、この夏のフェスティバルをきっかけに住民同士の関係性や、まちに対する気持ちにも徐々に前向きな変化が起きています。

また、2020年春のコロナの自粛期間中には、「人と地域」の参加者が一人暮らしで地元に帰れない学生や新社会人に、置賜や福島、愛媛からの食べ物や地酒をマスクなどと共に、心温まる手紙を添えて贈る「Tamazon」を企画、実施しました。「遠く離れていても私たちを大切に思ってくれている気持ち」がたくさん詰まった贈り物でした。

▲Tamazon

ネイビーさんをはじめとした置賜の皆さんと、坂倉ゼミとのゆるい繋がりはこれからも続くでしょうし、それが波及してまた素敵な出会いが生まれ次へ繋がっていくだろうと思うと、そのご縁に関われて嬉しく思います。

そういったこともあり、私にとって置賜はもはや地元以外の自分のふるさとであり、八百萬は人と人をほど良い距離で繋いでくれる場所になっています。

偶然の出会いが人生を豊かにするきっかけに

八百萬の1階はコワーキングスペースとキッチン、2階は畳の部屋になっています。

パソコン作業をする人がいれば、打ち合わせに使う人もいたり、動画サイトを見に来たり、昼寝に来たり、会社に戻るはずが気づけば八百萬に寄っていたという人も。ネイビーさんとのお喋りや、利用者同士の交流が楽しくて来ている人も多いそうです。

また、キッチンを使って「チャレンジカフェ」という試験営業も行われ、いろんな人がいろんなことを始められる場にもなっています。

▲チャレンジカフェの様子

「信夫町ガーデンフェスティバル」にも参加していた前神有里さんは、福祉や虐待防止などに携わっていた元愛媛県職員ですが、現在はフリーランスで地域人財育成や講演などで全国を飛び回る、愛媛県在住でありながらの八百萬のヘビーユーザーです。そんな前神さんが「人と地域」関連の出張で八百萬に通ううちに、面白い出会いがありました。

ある日、前神さんが八百萬で「人と地域」の講座を行っていると、「八百萬を調べて訪ねてみた」という来客がありました。それが、現在編集者の見習いとして「てまえ」というメディアを運営している、上泰寿さんです。当時鹿児島の公務員として東京に出向していた上さんは、友人の関わる山形ビエンナーレに行く道中に八百萬に訪れたところ、講座中なのに中に入れてもらえたそうです。

その時のネイビーさんの「口数が少ない中にも漂う柔らかな空気感」が忘れられなかったと上さんは言います。

上さん:
ネイビーさんと直接会ったのは実はその時一度きりでしたが、前職を辞める時はネイビーさんにも連絡しました。報連相する人の中にネイビーさんが入っているんです。初めて来た土地で親切にしてもらったら、そりゃあ好きになります(笑)。八百萬は地元にあった商店の雰囲気にも似ていて、僕にとって山形の実家のような場所です。

僕は公務員時代は生活保護関連や就労支援など、いわゆる生活弱者に関わる仕事をしていて、前神さんとはお互い公務員ということもあり意気投合しました。現在は退職し、全国を周りながら地元鹿児島や地方の人との関係づくりや取材をしています。

まだスポットが当たっていない人や、今は立ち止まっているけど前に進みたいという人に話を聞いて発信することで、「自分も何かできそうかも」と思って貰いたいという想いでやっています。

一方、前神さんはこう語ります。

前神さん:
「自分のことを話したくなる人(ネイビーさん)」がそこにいるというのも八百萬の魅力。ちょっとそこまでというご近所感覚で行きます。今日は何をしているんだろう、誰に会えるんだろうという楽しみがある。様々な職種の人たちが作業をしている雑多な雰囲気の中で、私は座り心地の絶妙なソファでよく思考します。いい意味で散らかっている場所なので、アイデアも浮かびやすいんです。

八百萬がなかったら、私は今のような働き方はしていないと思います。大きな組織を離れて一人になっても、自分も何かできるかもという自信にもなりました。ネイビーさんが八百萬を運営しているのは、私が仕事で「生きづらさを抱えた人を放置しない地域社会」を大事にしているのと似ている気がします。

▲左からネイビーさん、前神さん、上さん

つい先日、3人は4年ぶりに集合したそう。八百萬での偶然の出会いから、3人の想いが共鳴し、その後の働き方や生き方にも互いに影響しているようです。

時が経つにつれて、ネイビーさんの知り合いの知り合いという形で、地元以外の利用者も増えてきました。置賜の農家さん繋がりで知り合ったのが、神奈川県在住の西川さんご夫妻です。

▲西川天理さん、真紀子さんご夫妻

ご主人の天理さんは、「整體ナツメ堂」という整体を営んでいます。現在の拠点は池袋ですが、全国にも出張で整体を行い、八百萬には3ヶ月に1度のペースで1週間ほど滞在します。

お二人は元々高畠町の農家さんの営む「古民家萬五郎」に通っており、最初はそこで整体を行っていました。同じ頃萬五郎で知り合ったネイビーさんがコワーキングスペースを運営していると知り、まちなかでアクセスも良いことから、八百萬で施術することになりました。

1人の施術に4時間かけるため、その期間は2階の畳の部屋を貸し切りで使用します。その間ネイビーさんはコーヒーを淹れたり、掃除したり、宿までの送り迎えしたりと、さりげなく気持ちのいい環境を整えてくれるようで、お二人はネイビーさんをとても信頼しています。

西川夫妻:
ネイビーさんは、口数は少ないのに何故かコミュニケーションが取れる。人との距離感が絶妙で、丁度いい加減で佇んでいてくれます(笑)。

八百萬は、家から離れた場所で仕事ができる、本当に使いやすい仕事場です。お客さんは米沢近辺だけでなく、福島や仙台からも来られます。

整体は身体が悪いと悶絶するほど痛く感じるため、時には悲鳴が1階だけでなく道路にまで響き渡ることもあり、皆で大笑いになります。1週間経ち仕事が終わると、私たちもネイビーさんも達成感がすごくて、その後の打ち上げが毎度の楽しみです。

天理さんが施術中は、奥様の真紀子さんはお客さんの受け付けのほか、デスクワークをしたり、プチ気功教室をしたりで、初めて来た人は真紀子さんを店主だと勘違いすることもしばしば。ネイビーさんも、八百萬の鍵を渡せるくらい信頼しているそうです。

ネイビーさん:
八百萬をはじめて2年の頃、「まだまだ何周年記念なんてやるような感じじゃないんですよね」と言ったら、真紀子さんが、「じゃあお互い来年まで続けられてたら一緒にお祝いしようか」と言ってくれたんです。そしてその翌年、皆で芋煮で3周年のお祝いをしました。だから、同じタイミングで新しい道を歩み始めた同志みたいな感覚はあるかも知れないですね。

▲こちらは5周年のようす

これからも「人生を豊かにする仕組み」として

とはいえ、八百萬も開業当初はこのような場所ではなく、これまでいくつも段階を踏んできました。

開業当初は、米沢でコワーキングスペースをして一体誰が来るのか想像が付かなかったものの、場所を作れば多少は人が集まるだろうと思ったと言います。ところが、蓋を開けてみると思った以上に人が来ない。

そこで、まずは周知のために八百萬主催のイベントをいくつか実施しました。その中でも反響があったのは、ネイビーさん自身が通っている東北芸術工科大学の先生による、大人向けの出張授業でした。

当時、行政主導の無料セミナーが多い中で、有料で勉強会をしていた地元の有志グループと知り合いだったこともあり、ブランディングや映像企画など、社会人が聴いても面白いだろうと思われる授業を共に企画しました。すると、40人以上の参加者が集まり、テレビの取材も入り、地元だけでなく遠方からも参加してくれて楽しさと共に手応えを感じました。そうして、定期的にイベントやセミナーを行ううちに、徐々に利用者が増えていきました。

2年目になり、かつてはセミナーの参加者だった人が、今度は「自分でやりたいこと」を見つけて講座を持つようになりました。

そのひとり、苔玉やモダンな盆栽づくりなどを教えるガーデニングの講座をやっていた嵐田妙子さんは、現在、「パーソナルスタイリング naare」というサロンを開業して一年。 女性の魅力を引き出すパーソナルスタイリストとして活動中です。

▲苔玉

また、着物の卸問屋のお嫁さんで風呂敷の現代使いのお洒落な結び方講座を行っていた高橋一恵さんは、現在、地域の温泉施設やお店、各地のマルシェなどでも人気の先生としてひっぱりだこ。お嫁さんとしても、お母さんとしても頑張っています。

▲風呂敷のイベントの様子

このように、八百萬は自分のやりたいことをお試しではじめ、徐々に事業化していくといったプロセスをふめる場でもあります。

コロナウィルス感染症による緊急事態宣言以降、八百萬ではカフェの営業や一般の人が企画するイベント、「人と地域」の交流事業などもストップし、整體ナツメ堂、眼鏡の検査会、画商のアートショップなど、本業を行うヘビーユーザーのみが利用していましたが、最近徐々に他の活動も戻りつつあります。

ネイビーさんは、コワーキングは「人生を豊かにする仕組み」であり、八百萬は「どんな人でも才能を発揮できる場」でありたいと言います。

ネイビーさん:
八百萬でやっていることは、水面に小石をぽちゃんと落とすようなことだと思っています。始まりは小さなことでも、後にそれが波紋となって広がるように周りに影響したり、拡大したり、形が変わっていったりすることをイメージしています。

八百萬のテーマは「人のつながりは人生を豊かにする」。人がつながり知恵と工夫を合わせることで、今まで思いもよらなかったことが起こったり、出来なかったことが出来るようになったり、物事の価値を見直せたり。

八百萬ではそのつながりが生まれ、そして育っています。その八百萬を軸に、これからもここに関わる人々の人生はより豊かになっていきそうです。