〜トーキング・コワーキングVOL.25〜

(Text & 写真:伊藤富雄)

※この記事は「カフーツ伊藤のコワーキングマガジンOnline」の2025年6月14日の記事を一部編集して転載しています。

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昨晩の「トーキング・コワーキングVOL.25」は、和歌山県和歌山市のコワーキング「BE-EN」を運営する前川 怜輝さんをゲストにお迎えして配信した。前川さん、ご参加いただきました皆さん、有難うございました。

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例によってYouTubeにアーカイブして一般公開しているので、見逃された方は、ぜひ、こちらをご覧ください。

「BE-EN」のサイトはこちら。

実は前川さんとは2023年12月に大阪のコワーキング「GRANDSLAM」で行われた忘年会でニアミスしていたが、ちゃんとご挨拶できていなかった。なので今回がほぼハジメマシテだった。

前川さんは滋賀県長浜市の出身で、京都の大学に進み卒業後も京都市内に住んでいた。それがなぜ和歌山へ?実はその学生時代の多岐にわたる活動での経験が、現在の「BE-EN」運営につながっている。

話はそこからはじまる。

・学生時代から起業、そして和歌山へ

前川さんが学生時代に特に力を入れていたのは学生団体活動だ。自身が主催した学生向けの合同説明会は1000人規模の参加者を集めたという。聞けば、子供の頃から遊びを自分で作るようなDIY精神が旺盛で、オリジナルカードゲームを作るなどしていた。このDIY精神は、後のカフェバーや「BE-EN」の立ち上げにも影響を与えている。

彼の活動の根源には「音楽」があった。中学時代から大学卒業後もバンド活動を続け、BUMP OF CHICKENに始まり、パンク、メロディックハードコア(NOFX、Bad Religion、Rancid、Green Dayなど)といった幅広いジャンルの音楽にハマっていく。ぼくが知ってるのはかろうじてGreen Dayぐらいだ。

前川さん自身は、ギター、ボーカル、さらにベースを務めたが、音楽を通じて意見や感情を表現するバンドマンたちの人間臭い姿に魅力を感じたと言う。

世代は全然違うが、ぼくも音楽畑出身だから、そのへんはよく判る。ちなみに、コワーキング界隈にはバンド経験者が結構多い。それもなぜかべーシストが多いように思うのだが、あれはなぜだろう。

そして大学4年生の時に学生仲間と共同で、京都は西院にコミュニティカフェバーを開業する。つまり学生起業したわけだ。ここではライブイベントも頻繁に開催したが、いかんせん学生によるパッション主導の経営だったため、経営の難しさも経験し、広報やマーケティングの重要性を痛感した。

ところがその後、カフェバーが入居するビルのオーナーが経営する広告代理店に約3年間勤務することになるから、人生ってオモシロイ。そこで広告、マーケティング、資金の動かし方を、実務を通して深く学んだ。事業はパッションだけではないというこの経験が後々生きてくる。

・和歌山との出会い、移住、そして商店街での活動

前川さんが和歌山と縁ができたのも、学生団体の活動を通じてだ。たまたま、和歌山県有田市の無人島でのイベント企画制作に携わることになった。

この無人島では、草が生い茂る状態から開拓を行い、キャンプしながら映画を見るイベントを企画し、300人もの参加者を集めた。この成功を見て、地元の人々はこの場所に大きな可能性を感じた。無人島はその後、キャンプ場としても運営されるようになったそうだ。

2020年、コロナ禍で京都市内での活動が制限される中、前川さんは無人島プロジェクトで知り合った地元の人(後に商店街の理事長と判明)から、和歌山市内のシャッター商店街の活性化について相談を受けた。これが大きな転機となる。

理事長は若者の力を借りてシャッターを開けたいと考えていた。この話を「面白そう」と感じた前川さんは、なんとわずか2ヶ月後に和歌山市へ移住した(2020年9月)。

移住直前の2020年5月には広告代理店を退職しフリーランスとなっていたため身軽に動けたからだが、縁もゆかりもない和歌山で、これまで培ってきた力が通用するかを試す「チャレンジ」の気持ちも大きかったと言う。

移住後、商店街で最初に取り組んだのはシェアハウスの開設だった。これは、自身が移住者で友人がいなかったため、県外からの友人が滞在できる場所が必要だと考えたからだ。

物件は商店街の理事長が提供してくれた。しかし、当時コロナ禍ということもあり、よそ者である前川さんやその友人たちが集まることに、商店街の住民から不安の声があがった。まあ、あの頃はそうでしょうね。

そこで、地域との信頼関係を築くため、シェアハウスがある建物の1階部分にカフェバーを2021年6月にオープンした。

カフェバーは商店街の路面に面しており、住民が気軽に立ち寄れる場所となり、晴れて前川さんは商店街の人々に「ちゃんと商店を構えている人」として認知され、徐々に信頼を得ていった。

・コワーキングスペース「BE-EN」の誕生

そういうカツドウをしてきた前川さんは、ではどこでコワーキングと出会うのか。

2022年6月、和歌山市から「学生と商店街をつなげる事業」のプロポーザル案件が募集された。当時の和歌山市長が大学誘致に熱心で、学生と地域を結びつけたいという意図があった。

多くの提案が商店街のポスターやCM制作といったライトな企画だった中、前川さんは「地方には地域の機能としてコワーキングスペースが一つは必要だ」という持論に基づき、コワーキングスペースの設立を提案した。スバラシイ。

これはぼくもまったく同意見で、日本全国の市町村に、いわば現代版公民館として、ローカルコワーキングを少なくとも一箇所は設置すべきだと考えている。

前川さんの提案は、学生と一緒にDIYでコワーキングスペースを作り、そこで学生とイベントを企画・運営するというものだった。つまり、できあがった施設で学生になんらかのカツドウを期待するのではなく、そもそもの拠点づくりから学生を巻き込んでいくというプランだ。←この時点ですでにCoworkingしているというわけ。

この提案は見事和歌山市に採択され、市の事業予算が投入された。

しかし、予算だけでは足りなかったため、自ら借り入れを行い、2023年3月19日にコワーキングスペース「BE-EN」をオープンさせた。なお、オープン時には、今後の運営費用と広報を目的としたクラウドファンディングも実施し、約50万円を集めている。

「BE-EN」はJR和歌山駅前のみその商店街に位置し、建物の2階がオープンフロア、3階は集中ブースとなっていて、365日24時間利用できる。この「BE-EN」という名称には、前川氏の思いが込められた3つの意味がある。

ひとつ目は、英語の「BE-EN」には「その間(あいだ)」という意味があることから、自己探求の中で、何者かになろうとする途中の「間」の場所として利用してほしいという願いを込めている。

二つ目は、所在地であるみその商店街は漢字で書くと「美園」で、これを「びえん」と訓読みしたこと。三つ目は、「EN=縁」と解釈して、人と人とのご縁が生まれる場所になってほしいという思いがある。いい名前ですよね。

・「BE-EN」と学生、そして商店街の活性化

「BE-EN」は、和歌山市からのプロポーザルでも述べた通り、学生との関わりが深い。オープン前は学生が主体となり、プレオープン期間中に音楽イベントや商店街での昔の遊び体験イベントなどを企画・運営した。

ただ、オープン後は学生との直接的なつながりが少し寂しくなったと感じているという。現在の学生利用は、資格勉強や訓練の学生、テスト前の高校生などが中心だ。(ただし、後述するように今後は学生起業支援も計画している)

前川さんはコワーキングの運営だけでなく、商店街の活性化にも貢献している。街づくりを「総合格闘技」と捉え、ワークスペース、コミュニケーション、食、イベントなど、さまざまな要素を組み合わせている。

例えば、月に1回マルシェイベントを商店街で開催し、「月に1回はみその商店街に行こう」というきっかけを作っている。あるいは「BE-EN」の会員が講師となり「スラッシュワーカーという生き方」のようなセミナーも開催している。

ぼくはこの「スラッシュワーカー」という言葉を知らなかった。これは、複数のスキルや経歴を横断してキャリア形成をする人のことを指す。SNSのプロフィール欄に、複数の職種を「スラッシュ」で区切るところに由来しているんだとか。なるほど。

この複業なりパラレルワークなりが現代の働き方のデフォルトになりつつあることは、最近、強く感じるところ。先日も書いたマイクロシフトもその現れだ。

マイクロシフトとポリ・エンプロイメントが描く「雇用からの解放」という新たな労働革命:今日のノート#563(2025-06-03)|カフーツ伊藤

前川さんは、特に空き店舗の活用に力を入れている。商店街にはまだ多くのシャッターが閉まったままの空き店舗が存在する。

この空き店舗を活用して新規出店者を誘致したいと考えており、商店街の大家さんに対して直接交渉を行うこともあるのだとか。そして、物件ありきではなく「人ありき」で、何かしたい人が増えれば嬉しいと語る。

このへんの動きは、同じく商店街でコワーキングを運営する愛媛県西条市の「サカエマチHOLIC」と同じだ。ちなみに、「サカエマチHOLIC」では「事業用空き家バンク」を運営して、起業したい人と不動産物件のオーナーをつないでいる。

なお、「BE-EN」では、月に一度、食のイベント(鍋など)も開催し、交流の機会を創出している。これはカフェを経営していることも関係していると思われるが、「食」は人と人との距離を縮める上で非常に重要かつ有効だ。

・起業支援とワーケーション

ところで、「BE-EN」の利用者にはウェブ制作者の他に作家もおられると聞いてオドロイタ。それも、大阪からわざわざ和歌山に通ってきて「BE-EN」で執筆活動をしているんだそう。環境を変えることでスイッチを入れられるということかもしれない。言ってみれば一種のリモートワーカーですね。

前川さんの今後の展望としては、起業支援プログラムの実施がある。そこでぼくは学生の起業・創業をサポートすることを提案した。自身も学生時代に起業した経験があるから、学生の起業支援に意欲的に取り組むだろうと(勝手に)思ってる。

そういえば、来月には新しい働き方(複業的な働き方や短時間雇用など)に関する社会保険労務士のセミナーも予定しているらしい。そうして地方で何かを始めたい人の後押しを強化していく方針だ。

もうひとつ、ワーケーションについても訊いてみた。和歌山は高野山があり、インバウンド観光客が多い地域でもある。「BE-EN」は県のワーケーションプログラムにも登録しており、実際に日本国内や海外からのワーケーション利用者も受け入れている。

そこで「BE-EN」が24時間利用可能であることが利いてくる。時差のある海外のノマドワーカーにとっても利用しやすいからだ。だから、ローカルコワーキングが主体となってワーケーションプログラムを企画し、情報発信することをオススメしたい。

そこで例の無人島ツアーを目玉にしたワーケーションプランが実現することを楽しみにしている。

・今後の課題とあらたな展開

「BE-EN」の現在の課題は「人手不足」だ。前川さんと社員1名がコワーキングとカフェの運営を兼務している。

そこで思い出されるのが、OFFICE CAMPUSで行われているヘルパー制度だ。

ドロップインがメインの「OFFICE CAMPUS」は感謝のしあいでインディー・コワーキングを地で行く〜トーキング・コワーキングVOL.14:今日のノート#497(2025-03-29)|カフーツ伊藤

これはコワーキングの利用者の利用料を無料にする代わりに運営を手伝ってもらう仕組み。

前川さんもこのシステムに注目しているそうだが、運営に関わる人が増えることでコワーキングがまた違った顔を見せ、あらたな利用者が現れ、新しい交流が生まれるので、導入されたらきっといい効果を生むと思う。

で、最後の質問の答え、前川さんにとってコワーキングとは一言で言えば「きっかけ」だった。新しい人との出会いや、自己探求への「きっかけ」となる場所でありたいと考えている。

さらにカフェや街づくりも、同じ意味で人々の「きっかけ」になるコワーキングだと捉えている。そして将来、「BE-ENがあったからこそ、今の自分がある」と振り返ってもらえるような、人々の人生のターニングポイントとなる場所を目指している。

「僕みたいな人間でもなんとかなるんだという姿を見せることで、人々に勇気を与えたい」とも言っていたが、そのDIY+チャレンジ精神に大いに刺激を受ける人は、これからたくさん現れる予感がする。

もしお時間あれば、ぜひビデオをご覧いただき、彼の言葉をお聞きいただきたい。