島根県出雲市の雲州平田——かつて木綿の集散地として栄えた歴史ある街に、「すずかけ荘」という小さなコワーキングスペースがあります。

一畑電車の雲州平田駅から歩いて1分。古い空き家を地元の高校生たちと一緒にリノベーションして生まれたこの場所は、従来のコワーキングスペースとは少し違う顔を持っています。

「すずかけ荘で『ヒト』がふらりと交差し、そこから新たな『コト』がはじまります」ーーすずかけ荘の公式サイトにあるこの言葉。

この言葉通り、すずかけ荘では日々、様々な人たちがふらりと立ち寄り、思いもよらない出会いと交流が生まれているのです。

曜日ごとに変わる「顔」を持つコワーキング

すずかけ荘を訪れると、曜日によって全く違う表情を見せてくれます。

火曜日の「本と珈琲の時間」では、珈琲の香りに包まれながら静かに読書を楽しむ人たちの姿があります。豆挽きからセルフで楽しめる珈琲(300円)を飲みながら、積読本と向き合う贅沢な時間。「読めていない本が積み上がっている方、珈琲が好きな方、自分で豆を挽いてみたい方」への呼びかけが温かく感じられることでしょう。

水曜日の「わくわくつながるコワーキング」は、もう少しアクティブ。みんなで趣味や仕事をしながら、「もくもくと作業するもよし、交流するもよし」の自由な雰囲気が漂います。

印象的なのは平日夕方の「高校生管理人タイム」。地元高校の生徒たちが楽しそうにすずかけ荘を管理(?)している様子は、他のコワーキングスペースではなかなか見られない光景です。「高校生と交流してみたい大人の方は、ぜひこの時間にふらりと遊びにきて下さいね!」という案内からも、世代を超えた交流への想いが伝わってきます。

木曜日の「夢みるHIRATA子どもの居場所」では、学校以外の居場所を求める子どもたちが、おやつを作ったり、ゲームをしたり、絵を描いたり。「ここは自由に過ごす場所です✨」というメッセージが示すように、子どもたちにとって安心できる第三の居場所となっています。

雲州平田という歴史ある舞台

すずかけ荘がある雲州平田は、歴史と自然とが溶け合う、とても魅力的な地域です。

江戸時代から明治初期にかけて、この地域は良質な「雲州平田木綿」の産地として全国に知られていました。船川沿いの港には木綿を運ぶ船が次々と到着し、商人たちで賑わう活気ある町でした。

その名残は今も「木綿街道」として受け継がれています。昔ながらの酒蔵や醤油蔵が今も営業を続け、街を歩けば当時の面影を感じることができます。

出雲大社へとつながる「出雲北山」の山々には、古くからの寺社が点在しています。一つ山を越えれば日本海の美しい海岸線が広がり、南を向けばしじみで有名な宍道湖が静かに水をたたえています。

山あり、湖あり、海あり——この豊かな自然に囲まれた平田では、漁業、農業、観光業など、様々な暮らしと仕事が今でも小さく続いています。

こんな多彩な顔を持つ平田の地で、すずかけ荘は現代の「人が出会う場所」として、新しい物語を静かに紡ぎ始めているのです。

高校生が主役の空き家再生プロジェクト

すずかけ荘という施設が生まれたきっかけは、地元の平田高校の生徒たちでした。

学校の「地域協働学習」という授業で、生徒たちは平田の街を歩き回り、地域の人たちの話を聞いて回りました。そこで見えてきたのは、かつて木綿で栄えた歴史ある街が、今は人口減少や高齢化で元気を失いつつあるという現実でした。

「このままじゃいけない。自分たちの手で、平田をもっと元気にしたい」

そう考えた高校生たちが目をつけたのが、街にたくさんある空き家でした。地域住民と一緒に、使われなくなった空き家を皆が集まれるフリースペースに変えようというプロジェクトが始まったのです。

地元の空き家再生NPO「ひらた空き家再生舎」との協働により、生徒たちは実際にDIYイベントに参加して、壁を塗ったり、床を張ったり、大人たちと一緒に汗を流しました。そしてすずかけ荘という施設が完成したのです。

しかし改装が完了してみると、新たな課題が見えてきました。きれいに生まれ変わった施設があるにも関わらず、利用者がほとんどいなかったのです。

「ハコはできた。でもヒトがいなくては意味がない」

そこで2022年5月頃から、「コワーキング」という形で人が自然に集まる仕組みづくりが始まりました。それが今のすずかけ荘の活動につながっているのです。

「ゆるやかなつながり」を大切にする運営チーム

すずかけ荘というコワーキングスペースを運営しているのは「すずかけ荘コワーキング運営チーム」というグループ。ところが彼らは、自分たちのことを「組織」や「団体」とは呼びません。

「私たちは『ゆるやかなつながりをもつチーム』です」と表現する理由を聞いてみると、とても興味深い考え方が見えてきます。

従来の組織のように、上司がいて部下がいて、決まった役割分担があって…という仕組みではありません。メンバーそれぞれが「これをやってみたい」と思ったことを自由に始めて、他のメンバーは「いいね、頑張って」と応援する。そんな関係性を大切にしているのです。

「いまの時代、個人の持つ力はかつてないほどに大きくなっています。組織や団体をつくらなくてもさまざまな活動が成り立つんです」という運営チームの言葉からは、新しい時代の協働のあり方を感じませんか?

この言葉には、組織の枠組みにとらわれず、個人の「やりたい気持ち」を重視する新しい働き方への示唆が込められています。

会社や学校とは違う、もっと自然で自由なつながり方。それが、すずかけ荘らしさの源になっているのかもしれません。これは現代の働き方や新しいコミュニティづくりのヒントにもなりそうです。

非営利の利用は無料、投げ銭が支えるスペース運営

すずかけ荘のコワーキングスペース利用は非営利であれば基本的に無料です。「お気持ち箱への寄付は随時歓迎します」という控えめな案内が、この場所の雰囲気をよく表しています。

日曜日や祝日の利用、イベント貸切なども相談可能で、「すずかけ荘は『夢・やってみたい事』を応援します😉」というメッセージからは、利用者の想いを大切にする姿勢が伝わってきます。

併設の女性専用シェアハウスで「住む」も体験

すずかけ荘には女性専用のシェアハウス機能も併設されています。「働く」「交流する」だけでなく「住む」ことも含めた総合的な地域体験を提供しています。

短期滞在用にマンスリー利用の部屋もあるので、移働家の方にはむしろそちらがおすすめかも知れません。ベッドや家具がついているので身一つで入居することが可能です。

地域外から移住を検討する女性にとって、コワーキングスペースと居住空間が一体となった環境は、新しい土地での生活を始める上で心強いサポートとなるでしょう。

実は、このシェアハウスの存在には、もう一つ大切な意味があります。ここでの家賃収入があるおかげで、コワーキングスペースを非営利で開放できているのです。

「コワーキングスペースだけで採算を取ろう」と考えると、どうしても利用料金を高額に設定しなければなりません。しかし別の収入とのシナジを組み合わせることで、地域の人が気軽に立ち寄れる価格を維持できる。これは地方でコワーキングスペースを運営する際に参考となる考え方となるでしょう。

地域コワーキングの新しい可能性

すずかけ荘の取り組みは、コワーキングスペースの新しい可能性を感じさせてくれます。フリーランサーや起業家だけでなく、地域に住む様々な世代の人たちが自然に集まり、それぞれの「やってみたい」を応援し合う場所。

コワーキング運営チームから発せられる「あなたもこのワクワクする新しいムーブメントに参加して、私たちと一緒に地域を元気にしませんか?」という呼びかけからは、一緒に何かを作り上げていこうとする温かい気持ちが伝わってきます。

平田のシンボルツリーであるスズカケノキ(プラタナス)から名前を取った「すずかけ荘」。木が大きく枝を広げるように、この場所から様々な人とプロジェクトのつながりが広がっていく。そんな未来を想像させてくれる、素敵なコワーキングスペースです。

すずかけ荘 アクセス・連絡先

島根を訪れる機会があれば、ぜひふらりと立ち寄ってみてください。そこで新たな「コト」がはじまるかもしれません。

クラウドファンディングで未来への投資を募集中

現在、すずかけ荘では「出雲の若者の可能性に火を灯す!学びと交流の拠点『すずかけ荘』応援プロジェクト」としてクラウドファンディングを実施しています。

「島根県出雲市の過疎地域で、地域にひらかれた多世代が交流する拠点として、若者の『やってみたい』を全力で応援しています」という想いのもと、施設のさらなる改装と活動の充実を目指しています。

支援プランも個性的で、5,000円の「まずは来てみるプラン」から始まり、1,000,000円の「大志をいだけプラン」まで。名札の永久掲示、DIY参加権、高校生ラジオへの出演権など、ユニークなリターンが用意されています。

(※)本記事は2025年8月時点の情報に基づいています。最新情報は各公式サイトをご確認ください。