「企て」を実現するために人々が集うスペース
(Text:櫻庭 航 写真:コダテル)
みかん産地で有名な愛媛県八幡浜市。四国と九州をフェリーでつなぐこの港町に、「○○をしたい!」人の思いを実現する会員制スペースがあります。その名はコダテル。
2018年1月にオープンしたコダテルのコンセプトは「企て」です。自身の「企て」を実現させるために、会社員、公務員、起業家、フリーランス、農家、主婦そして学生など、さまざまな立場の人が、八幡浜市の内外からやって来ます。
その会員たちの「企て」は、新商品の開発・起業・イベント開催と十人十色です。
今回は、コワーキング利用、イベント開催、宿泊と、あらゆる使い方ができるコワーキングスペース「コダテル」で、日々起きている出来ごとを紹介します。
地域の事業者を支援するコワーキングスペース「コダテル」
私がコダテルを訪れたのは2019年7月のことでした。運営者の濵田 規史(はまだ のりふみ)さんと、オンラインサロンで出会ったことがキッカケです。その時、「コダテルの宿泊体験レポートを書いてくれませんか?」という濵田さんからのご依頼を受けて、コダテルに向かいました。
そのコダテルは、田舎ではちょっと珍しいおしゃれな空間です。
そんなスペースの1階で開催された会員さんとの交流会に参加した際、出会ったのが会員の吉見 友孝(よしみ ともたか)さんです。吉見さんは、八幡浜市内の福祉作業所の施設長をされていて、当日は吉見さんが作ったゼリー「みかんのジャグチ」をいただきました。
吉見さんは施設で働く障害を持つ仲間たちの工賃をもっと上げたいという思いから、より高付加価値の商品を作業所で作ることを決意しました。
当時、その商品開発のために必要な資金を調達するには助成金が必要だったのですが、助成金申請のためのプレゼン資料をどう作成すればいいのか分かりませんでした。
そんな吉見さんにパワーポイントを使った資料作成の方法を教えてくれたのが、コダテルの濵田さんです。教わった方法で作成したプレゼン資料のおかげで、吉見さんは無事採択され資金調達に成功しました。
今では評判の商品となった「みかんのジャグチ」は、製造に関わった仲間たちに笑顔を届けています。
中高生チャレンジプログラムで事業に挑戦
私がコダテルで見聞した中で特に印象に残った活動が「中高生チャレンジプログラム」です。
中高生チャレンジプログラムは、地元の学生が「店舗での商品販売」の企画から実行までを自身で手掛ける取り組みです。
高校生たちが作ったアロマキャンドルを「どのような方法で売ろうか?」と考え、コダテルの大人たちがサポートする。
その中で、現実の銀行と同じ利率で融資する「コダテルバンク」の仕組みには驚かされました。一般の学校教育では知り得ない「お金」「事業」に関わった経験は、これから社会に出た際にも大いに役立つことでしょう。
こうして地元の大人や子どもたちが活躍できる場づくりをしてきたコダテル。
「こんな場所があれば、地方はもっと元気になるはず!」と、何年も頭の中でイメージし続けてきた理想のスペースが八幡浜にありました。このスペースの活動に共感した私は、次の年(2020年)に八幡浜へ移住しました。
コダテルには多様な属性の人が訪れる
移住後、濵田さんと話し合い、会員ではなくスタッフとしてコダテルに関わることになりました。スタッフとしては、次のような活動をしています。
・会員さんとのコミュニケーション、ヒアリング
・ゲストにスペースを案内
・会員向けチャットサービスに情報を投稿
例えば、会員さんの自作ホームページの文章を読みやすくなるよう推敲(すいこう)することもあれば、働き方に悩んでいる会員さんにアドバイスすることもあります。
会員さんが「企て」を実現するスピードは人それぞれです。すぐに自分のアイデアを叶える人もいれば、悩みながらじっくりと行動する人もいます。
悩みながらでもいい。ゆっくりでもいい。「だから、自分にできることからやっていこう」とお話しすることもあります。
そして多様な会員さんがいる一方、ゲストもさまざまです。
愛媛県副知事やANAの支店長、NPO職員、他市の地域おこし協力隊、大学教授、旅するフリーランス、近所のおばあちゃん等々、実に多士済々。
世の中には似た分野の人が集まる傾向のコワーキングスペースがあれば、こうして属性の違う人たちが集まり交差するコワーキングスペースもあります。その関わりの中でさまざまな活動が行われることが、地域を活性化する要因だと思います。
コダテルには地元からも、他所(よそ)からも、ユニークな人が来訪し続けています。その日、どのような属性の人が来るか分からないことも、コダテルを利用する楽しみなのです。
移住者が移住者を呼ぶ好循環
さらにコダテルには、会員さんの企画実現だけでなく「地元の人と他地域の人が交流する拠点」という機能もあります。
私が八幡浜へ移住後「楽しく暮らしているよ!」とSNSで発信すると、友人の酒井春樹(さかい はるき)さんから「コダテルへ行ってみたい!」と連絡をもらいました。彼は、私が関東地方に住んでいた時に出会った動画編集者です。
コダテルにやって来た際、彼は子どもたちに向けたプログラミング教室の開催風景を目にし、「教育の場をつくる」という同スペースの在り方に共感して「ここで活動したい!」と思うようになりました。
八幡浜へ移住以来、酒井さんはコダテルで子どもたちのためのYouTube教室やプログラミング教室を開催しています。
コダテルを軸に、八幡浜では移住者が移住者を呼ぶ好循環が起こり始めています。
コダテルで生まれる十人十色の「企て」
今、コダテルで実行されている「企て」をいくつかあげてみますと、
・みかんゼリーをつくる
・中古住宅を買って賃貸業をスタート
・YouTuber教室の開催
・BARの開業
など、どれをその人の個性が見えてくる企画ばかりです。
そのおひとり、会員の矢野奈美(やの なみ)さんは、元県立高校の英語教師です。
長年の教員生活から一転、「自分のやりたいことを、全部やってみよう!」と思い立ち退職しました。
現在、矢野さんは、毎月「おにぎり部」という活動をコダテル内で開催し、「地産地消・フードロス対策・愛ある企て応援飯」というコンセプトの活動を通して、カジュアルに課題解決に取り組んでいます。
その他、鵜飼いなど、ご自身がやりたいことを「企て」て、果敢に挑戦しています。
地域の小さなアイデアを後押ししたい
コダテルのオーナー濵田規史さんは、生まれも育ちも生粋の八幡浜っ子です。
自主的な企画グループをつくって、近所の友達を巻き込んで実践するような子ども時代でした
そう話す濵田さんが地元でコダテルを運営するに至るまでには、少年時代から続くある思いがありました。
高校で入部した「商業研究部」でまちづくりの研究をしていくうち、地元を出ていく人が多いことを知った濵田さん。多くの人がまちを出ていく理由は、仕事や金銭面という切実なものでした。
「八幡浜をなんとかしたい」という気持ちから、濵田さんは高校生たちでお店を開きます。その後、大学進学後も「地元のためになりたい」と地域経済を学びました。
そして「地域のお金はどのように流れているのか?」を現場で学ぶため、大学卒業後は地元の信用金庫に入庫します。そして地域の人たちのために融資業務を続ける中で、濵田さんの頭にある考えが浮かび続けました。
お金にならないアイデアにももっと協力してあげたい
金融機関では、お金にならないアイデアには融資されません。そこで、地域の小さな企てにも力を貸せる拠点が必要だと思う濵田さんは、コダテルの立ち上げを決意しました。
ただ、コダテルは「企ての実現」という尖ったコンセプトのスペースだったせいか、開業当初は会員集めに苦労しました。
それでも、1年、2年と時間をかけて活動するうち、現在では30名以上の会員さんが在籍するコミュニティになりました。
「それぞれの会員さんの企てがますます多様化しているので、できる限りすべての人が満足するサポート体制をつくりたい」と濵田さんが語るほど、現在のコダテルはたくさんのアイデアが集まるスペースになっています。
八幡浜は外部の人やアイデアを受け入れやすい土地です。そんなまちにあるコダテルへ、全国から関わってくれる人、面白がって遊びに来る人が増えるといいですね
常にまちとコダテルの未来を明るく語る濵田さんの元には、老若男女、立場を超えた人々が集まり続けています。
コダテルの企てを導くユニークな運営メンバー
会員さんのユニークな活動を支えている運営陣も、個性的な経歴の持ち主ばかりです。
スタッフのつっちーさんは近隣の宇和島市出身で、学生時代から多くのイベントを開催してきた、根っからの企画屋です。
地元企業に3年間勤務した後、日本一周の旅へ出ました。「愛媛に縁のある人に出会うまで、他県に移動しない」という条件を付けたユニークな旅です。
そして全国へ幾多のつながりを持って愛媛に帰ってきたつっちーさんに「櫻庭さんがFacebookでつながっている○○さん、ぼくの友達ですよ」と明かされることが何度もありました。
また、新型コロナウイルスの流行を受けて、地元の宇和島市にある飲食店のために「鯛弁当コンテスト」という販売促進のイベントを企画したのも彼です。
地元の特産品である鯛を使ったお弁当を食べたお客さんが人気投票を行うというもので、このコンテストのおかげでどのお店も多くのお客さんで賑わいました。
さまざまな企画を開催してきた彼だからこそ、コダテル会員さんの企てサポートにも説得力があるのです。
外部の人を呼んで地域の課題を解決
コダテルは、地域の課題解決の場にもなっています。
2020年の新型コロナウイルスの流行により、八幡浜市内のみかん農家さんが、県外からの収穫アルバイターを呼べなくなりました。濵田さんのご家族が経営されているみかん農園「濵田農園」も、ご多分に漏れずその影響を受けました。
農園主から「櫻庭くんの知り合いに声をかけて、収穫に参加してくれる人を呼んでほしい」と相談を受けた私は、友人たちに声をかけました。
もちろんフルタイムで働く会社員は、気軽に愛媛までは来れません。一方で、季節労働をしている友人も私にはいませんでした。そこで目をつけたのが、執筆や動画編集を生業としているフリーランスの友人たちでした。彼らは、パソコン1台で仕事をしており、本業の時間も自由に調整できます。
彼らを呼び寄せるために、風光明媚な八幡浜へ滞在しながら、みかん収穫が体験できるワーケーションを企画しました。
コダテルに泊まりながら1階のコワーキングで作業し、まちを観光し、そして日本有数の濃厚みかんも味わえるプランに、参加者からも好評の声が上がりました。
こうして去年のみかん収穫を滞りなく終えられたのは、コダテルに「地元と地域の外をつなげるチカラ」があったからです。
「企て」を実現したい会員さんが集まるコダテルには、地元の「こうしたい!」を叶えるチカラがあります。
これからも地域内外の人をつなげて、あらゆる「企て」が実現する瞬間を、この目で見られることが楽しみにしています。