自分を広げるための“旅”をしよう!

(Text:宮内めぐみ 写真:lien 、Grapha、Shoya Hashimoto (800creators)、Nowhere Hajinosato、Nowhere Kashiwara)

大阪府の郊外に住む多くの人たちは、仕事や買い物といえば大阪市内へ出ることが多いからか、自分たちの町のことを「特になにもない町」と言います。

けれども、個性的な地元の人とクリエイターがタッグを組んで町の印象を変える動きも起きています。

その動きの背景にあるのが、ここ、Nowhereです。では一体、どのようなコワーキングスペースなのでしょうか。今回は、ここに関わる一人でもある私(筆者)が、Nowhereについてご紹介します。

「何もない」と言われる地域にオープンしたNowhere

2020年、大阪の藤井寺市・土師ノ里(はじのさと)と柏原(かしわら)市・大正通りに、コワーキングスペースができました。

土師ノ里は、古市古墳群として世界遺産登録された古墳がたくさんありますが、地元の人にとっては自宅の裏山レベルで馴染んでいるような町です。

柏原市は面積の3分の2が山であり、同じ大阪府民からも奈良県橿原(かしはら)市と間違えられ、その都度「かし“わ”らです!」とわざわざ言い直さないといけない、それほどマイナーな地域です。

「何もない町」

1日の時間の多くを大阪市内で過ごす住民は、そんなことをよく口にします。しかし、どちらの市からも大阪市内まで30分程度とそこそこ便利なため、多くの人が仕事や遊びは大阪市へ出かけていくのが当たり前となっています。そうしたエリアに、突如生まれたコワーキングスペースが、「Nowhere Hajinosato」(藤井寺市)と「Nowhere Kashiwara」(柏原市)です。どちらの地域もこれまで「コワーキングスペース」という施設がなかったせいか、「コワーキングスペースって何ですか?」という問いから地域の方とのコミュニケーションが始まりました。

カフェが人気の土師ノ里と、地域住民の寄り所の柏原

土師ノ里の「里庭の箱」に入るNowhere Hajinosatoは1階にカフェが併設されており、コワーキングスペースの利用者だけではなく、ご近所や市外からもカフェを利用しに人が集まるようになっています。

今回ご紹介するNowhereオーナーの松川哲也さん(以下、てっちゃん)の奥さんである、通称「さっちゃん」がカフェの店主として腕をふるい、さっちゃんによる焼き菓子ブランド「pet de nonne」の商品も並びます。

一方、柏原市の「大正通りNEST」にあるNowhere Kashiwaraは、昭和の文化住宅をリノベーションした長屋に入居しており、仕事に利用されたり、近隣住民の会議スペースや、アート作品展の会場に使われたりと、町の人々に頼られる存在となっています。

Nowhereを知らない住民の方からは「実は前から気になっていました!」とか「こんなおしゃれな場所があるなんて!」と、少しばかり嬉しい表情を浮かべる方もおられます。「何もない町」にコワーキングスペースができたことで、ちょっとした期待感が生まれているようです。

コワーキングスペースはライブハウスに似ている?

それでは、Nowhereのオーナーてっちゃんをご紹介しましょう。

てっちゃんはかつて個人でデザイン事務所を営み、音楽業界でのクリエイティブやアーティストのマネージメントを行っていました。

その後、Webデザインの経験を積むため一度会社員へとキャリアチェンジしたものの、もっといろんな人と出会える環境を求め始め、かつて活動していたライブハウスのような場所を作れたらなんて漠然と考えていたときに、大阪市内のコワーキングスペースと出会いました。

てっちゃん:
「コワーキングスペースを知ったきっかけは、自分自身が大阪市内のコワーキングスペースユーザーになったことでした。事務所を再び構えようと思い、『物件探さなきゃ〜』『諸々の事務機器を揃えなくちゃな〜』なんて考えているところで、コワーキングスペースを知ったんです。事務機器も揃っていて、コーヒーも飲み放題。『えぇ…もうここで事務所開けるやん』って思ったんですね。」

初めはスペースが持つスペックに感動したと言います。そして気づいたのは、「コワーキングスペースって、なんだかライブハウスでセッションしているみたい」ということでした。

(CoderDojo柏原)

てっちゃん:
「ユーザーとしてコワーキングスペースを使いながら、遠目にまわりの人の様子を見ていました。そしたら、今日初めて名刺交換したような人たちが次の日はテーブルを囲んでアイデア出しをしていたり、試作製品のテストをしたりしていて。1ヶ月後には一緒にプレゼンテーションしていたし、しばらくしたら製品ができあがって喜んでいる…という一連の流れを目の当たりにしたんですね。

こういう実験的に事を進めていく様子は、音楽業界と通じるものがありました。それまで音楽をしよう、それにはライブハウスを開こう、って思っていたけれど、コワーキングスペースでも何かおもしろい展開ができるんじゃないかと、色々なリサーチが始まりました。

音楽に限らず実験的な場を作ることが自分のやりたかったことでもあるので、とにかく国内外のさまざまなコワーキングスペースを巡りました。」

リノベーション怪人・西村さん

Nowhereを開くにあたりターニングポイントとなったのは、リノベーション怪人こと、西村さんとの出会いです。

西村さんはNowhere HajinosatoやNowhere Kashiwaraの建物をリノベーションした方で、河内エリアを中心にエリアリノベーションを展開。企画からデザイン、建築、管理までをワンストップで手がける宅建業者で、不動産オーナーから借主までがWinWinになるスキームを構築することを得意にしており、今もNowhereには欠かせないキーパーソンです。

例えば、空き家を商業施設として生まれ変わらせるプロジェクトや、クリエイターやアーティストを応援するプロジェクトなど、さまざまな事業を展開する西村さんは、事あるごとに「こんなんできる〜?」とNowhereに関わるクリエイターたちに相談を持ちかけてくれます。

面白いのは、西村さん自身が展開するプロジェクトに次々と巻き込まれていくクリエイターたちが、なんだかんだで楽しそうに関わっていることです。

それはきっと西村さんがクリエイターのことを「〇〇を作っておしまい」という川下の作業者としてではなく、企画段階から関わるパートナーとして接しているからだと思います。

こうして西村さんと地元のクリエイターによる地域を沸かせるプロジェクトが、今ではあちらこちらで始まっています。

とりあえず巻き込みたい人と、巻き込まれたい人が集まってくる

実は私自身は、大阪市内のコワーキングスペースの会員であり、別の大阪市内のコワーキングスペースでは講師として講座を開いたりしています。

都会のコワーキングスペースを見ていると、多くの会員さんは一人で集中できる仕事場所や打合せ場所として利用しており、コワーキングスペースの機能を主な目的にしている印象を受けます。

しかし、Nowhereはちょっと毛色が違います。

(パーフェクトデイ ━ はじのさと日和)

デザイナーやカメラマンなど地元のクリエイターが場所に興味を持って訪れるほか、とにかく地元の方々が「ここは何する場所なん?」「これをしたいのだけれど、どうしたらいいんやろう?」「こんなんって作ってもらえるん?」という疑問や相談をまず最初にNowhereに持ち込んでくるのです。

地主や個人店の店主、公務員に会社員、美術・陶芸・服飾などのさまざまなアーティスト、観光ボランティアに大学の先生まで、老若男女を問わずバラエティに富んだ人たちが集まります。

多くの人がコワーキングスペースが何なのかよく分かっていないにも関わらず、それぞれが実現したい思いを持って、とりあえずNowhereを人と人をつなぐハブとして頼って来る。これがNowhereの日常となっているのです。

てっちゃん:
「狙ったわけではないし、たまたまなのかもしれないけれど、なんだか人を巻き込む系の人が多くやって来ます。で、まんざらでもなく巻き込まれるのを楽しんでいる人も多い(笑)。

基本的には、拠点はできるだけ小さなスケールで、と思ってやっているところがあります。小さな規模(マイナーなこと)に対して興味を持って参加してくれる人というのは、物事への感度も高くて面白い人が多いので、そういう人たちが来てくれたらいいなと思っています。」

存在しているものに、新たな価値を付けていく地元クリエイターたち

Nowhereと関わるクリエイターの多くも河内エリアに住み、地元の人々の相談に応えています。

(アサノヤ)

アサノヤ」は築160年の麻野邸が遊休不動産となっていたことから、イベントスペースやミーティングの場所などに使えるよう、地域に開かれた場所へと復活させるプロジェクトです。

スペース貸しのほか、週末のみオープンする「アサノヤブックス」では、屋敷の蔵に永く眠っていたモノたちを、ていねいにひとつずつ紹介・販売していき、売るものがなくなるまでプロジェクトを続ける取り組みです。

(アサノヤブックスイベント『高山純「ブッポウソウ」』の様子)

アサノヤの管理・運営やイベント企画を行っているのは、音楽アーティスト兼デザイナーと、フォトグラファーの二人。彼らの活動も、Nowhere Hajinosatoではじまりました。

これまで二人がそれぞれの活動で培ってきた技術と持ち味を活かし、仕事仲間たちも巻き込みながら個性的なイベントを開催することで、今では大阪市内だけでなく、ときには関西圏外からも人が訪れます。

一方、Nowhere Kashiwaraに関わるクリエイター4名と地元の老舗印刷会社とが協力するプロジェクトは、フリーペーパー「INSIGHT」です。

柏原市内に住む人々に、自分の町の面白さにもっと気づいてもらいたいという古賀印刷株式会社の強い想いを受け、柏原市の「まちと人」にフォーカスを当て、飲食店やプロジェクトを紹介しています。

「大したものはない場所だ」と思い込む住民の気持ちに切り込んだインパクトで、今では町の人々が発行を楽しみにしており、INSIGHTをきっかけに今まで行ったことのなかった飲食店へ足を運ぶ流れも少しずつ起き始めています。

インパクトを与えられる拠点をたくさん作っていく

てっちゃんは今後も拠点を増やしていきたいと話します。

てっちゃん:
「もともと、僕の会社名『Wanderlust』というのは「放浪したい」という意味で、『Nowhere』はどこでもない、という意味。そこには、今まで自分が出会ったことのないようなインパクトとの出会いへの冒険の意味も込めています。

好きなことをやり続けたり、夢を実現するためには、スキルやセンスが大切なのはもちろんですが、環境も同じくらい重要だということを、音楽の現場で見てきました。

みんなにとってよりよい環境はそれぞれだけど、まずはNowhereに滞在することで、環境の違いによる気分の変化やさまざまな気づきを得てもらえるような場づくりを心がけています。

Nowhereに来ていただく皆さんには、慣れ親しんだ環境に留まらずに旅をしてほしいなと考えています。そして、いつか『ここだ』と思える場所や環境に出会えるようにNowhereは伴走します。

Nowhereという拠点をまだまだ増やしたいです。僕自身にとっても多拠点のコワーキングスペースは挑戦であり、これがインパクトを得られる方法なのだと思っています。」

今後も河内エリアに留まらず、さまざまなところでインパクトを与えられそうな予感。Nowhereの展開に期待が高まります。