毎日が異業種交流会?好きな町で自由に生きていく〜コワーキングスペースの本当の意味〜

(Text/写真:松井菜依加)

北海道の東側、オホーツク地方の中核都市、北見市。冬はマイナス25℃まで冷え込み、外にいるとまつげまで凍ってしまう厳寒の地。そんな北の果てに、人と人が交差する温かい空間があります。

中心部商店街の片隅にあるのが今回の舞台、「サテライトオフィス北見」(以下サテキタ)です。個性豊かな人々が集まるこの場所で、コワーキングスペースの枠を飛び越えた、新たな繋がりが広がっています。

官民共同だからこそできること

「自分たちが好きな町で、面白いことをしながら面白い人生を送りたい。当初も今も、目標は変わらずにただそれだけなんです」。そう語るのは運営のキーマンである西野寛明さんです。

サテキタの歴史は、2014年に遡ります。まだ北の果てまで、コワーキングスペースやテレワークという考え方が浸透していなかった時代に、西野さんが代表を務める株式会社ロジカルがいち早く立ち上げたのが、コワーキングスペース「TAYUMANU」でした。

北見焼肉を広めるヤキニキストとしても活動中。北見テレワーク事業の火付け役の1人。

(西野さん)
「元々東京の証券会社で働いていたのですが、『自由に生きたい』という想いから10年前に地元の北見市に戻ってきました。面白い人たちと面白いことをして生きていきたい。そのために何が必要なんだろう?と考えたときに、まず必要だったのが働く場所。『無いなら作ってしまえばいい!』。そう思って、自分たちでイチからDIYで作りあげたのがTAYUMANUです」

手探りで始まったコワーキングスペース「TAYUMANU」の運営は、徐々に周りへ認知が広がり、利用者が増えていきました。そんな中で、北見市が取り組み始めた「テレワーク」との接点が生まれはじめます。

北見市がテレワーク推進の取り組みをはじめたのが2015年。IT企業の誘致に力を入れていた北見市は市内にある北見工業大学と連携し、国のテレワーク推進事業に着手しました。都市部に就職した学生を数年後に北見へ呼び戻す「サケモデル」がそれです。


そのほかにも企業の北見進出から3年間、本社と北見の往復にかかる航空運賃のなんと50%を補助する「航空運賃補助金」をはじめ、オフィス賃料の一部を補助する「IT企業進出支援補助金」、市外からの移住者1名につき5年間で100万円を補助する「雇用補助金」など、IT企業の北見進出をまちを挙げて支援しています。

そんなテレワーク推進事業が広がりを見せる中、テレワークとの親和性が高いサテライトオフィスの運営を検討していた北見市は、コワーキングスペース「TAYUMANU」の存在を知ることになります。このシステムをベースとして整備されたのが、現在の「サテライトオフィス北見」です。こうして企業単独ではなく、自治体と企業が混ざり合った大きなうねりへと発展しました。

サテライトオフィス北見の外観。2021年12月現在は外装工事中

(西野さん)
「やっぱり単独の企業だけでは、地域全体のカルチャーを作り上げていくことに限界があると思うんです。だったら一緒にやってしまえばいいのではないか、と。官民共同で動くからこそ、いろんなアクションの仕方が見つかるんです。企業側のやりたいこと、自治体のやりたいことをしっかりと理解できていれば、これ以上に強い味方はいないですよね」

さらにもうひとつ特筆すべき点は、官民共同で「企業」ではなく「人」を誘致していることです。

テレワークを推進するということは、人に来てもらうということ。当初は企業をターゲットに誘致を進めていたものの、結局選ぶのは働く人。それならば「人」と「暮らし」にフォーカスしようと、北見市は大きく舵を切りました。北見市・オホーツクで暮らしながら働く、その生き方の良さを知ってもらうことが何よりも重要だと考えているのです。

今や個人が働き方や住む場所、生活スタイルを決める時代であり、ひいてはそれが地方の活性化につながっていくはずだと信じているからです。

会計事務所からオリンピック選手まで

そんなサテキタの最大の特徴は、まさに「自由」。

IT企業にコンサル会社、会計事務所や漫画家、そしてオリンピック選手と、多種多様な業種の人々が集まるコワーキングスペースです。その誰もがサテキタでの働き方、そして北見市での暮らしを心から楽しんでいます。

(西野さん)
「サテキタの何が面白いって、ビジネスをベースにしていないんですよね。全員が全く違う畑で活躍している人たちで、それぞれ独立した動きをしているんです。完全フルリモートで働いている人もいるし、ダブルワークをしている人もいる。だからこそ生まれる新しい関係性や、化学変化がサテキタの面白いところです」

コワーキングスペースは、本来人と人が交差する場所。ビジネスという垣根を飛び越えて、あるべき形を体現しているのがサテキタという「器」なのです。

都内会計事務所で働く西村さん。完全リモートワークで子育てにも奮闘している。

「本当に、毎日が異業種交流会。ひとりひとりの背景が全く違うからこそ、より『知りたい』と思える面白い場所なんです」。

そう語る西村貴子さんは、都内会計事務所でスタートアップ企業の会計や会社運営のコンサルティングを行っています。本社は東京にありますが、サテキタにデスクを構え完全リモートワークで働いています。

(西村さん)
「地元は北見市の隣町。大学進学を機に地元を離れ、数年前までずっと都内の会社に勤めていました。都市部で暮らすようになってから、地元を離れるまでは気づかなかったオホーツクの良さを改めて感じました」

いわゆるUターン移住を本格的に考えるようになったのは、家庭を持つようになってから。都会の喧騒から離れ、自分が育った自然豊かな愛すべき地元で子どもたちをのびのびと育てたいと考えたのがきっかけでした。そんな中で出会ったのがサテキタです。すぐに、ふるさとテレワーク体験に申し込みました。

(西村さん)
「そもそもテレワークって本当に出来るのかな?と、半信半疑で来たのが正直なところ。でもサテキタで数日過ごしてみて、リモートで働けるだけの通信環境が整備されていることと、この場所に出入りする人の多業種さに驚きました。コンサル会社の人が働く隣で、市役所の人が打ち合わせしていたり。そんな環境を実際に目の当たりにして『ここでなら私もテレワークが出来るかもしれない』と感じ、移住を決心しました」

他者とのコミュニケーションは仕事の醍醐味でもあり、生きる意味でもあります。テレワークで起こりがちな「孤独感」も、サテキタで働くことにより感じなくなったと西村さんは語ります。

(西村さん)
「サテキタでテレワークしている別の人が、旅行や出張のお土産を私に分けてくれたりするんです。そこから広がる会話や、ビジネスを介さない人と人とのコミニュケーションがあって。本当にいろんな背景を持っている人がいるから、自分が知っている世界以外の話を知ることができる。これって、普通に働いているだけでは得られない経験だったなあと思うんです。サテキタという場所を介して、新しい関係性を築いていけるのが面白いです」

そしてサテキタには、本業とは別にもうひとつの仕事を持ったり活動をしたりする、いわゆる「デュアルキャリア」を実行する人もいます。そのひとりである平田洸介さんは、IT企業でシステムエンジニアとして勤めながら、現役カーリング選手としてオリンピック出場という異色の経歴の持ち主です。

カーリング日本代表の平田さん。テレワークのリアルについて語ってくれた

(平田さん)
「地元は北見なのですが、大学卒業後軽井沢のチームに所属していたということもあって、都市部で生活していました。平昌オリンピックに出場したあと、『次は自分たちで作りあげたチームでオリンピックを目指そう』と。そのためには北見での生活が必要になる、そう思った時にテレワークを意識しました」

そう、北見市はカーリングのまちとしても有名です。平昌オリンピックで銅メダルを獲得し一世を風靡した女子カーリングチームであるロコ・ソラーレが拠点を置き、現在も活動の輪を広げています。

(平田さん)
「大学時代にITやシステム系の勉強をしていたことから、システムエンジニアとして勤務しています。本社は東京にあるのですが、現在は完全リモートワークで業務にあたっています。

本当は自宅で仕事していてもいいんですけど、どうしても集中できなくって。仕事とプライベートを切り替えるのにいい場所がないかな、と探していた時に出会ったのがサテキタでした。

ここに来るといろんな人がいて、さまざまな話ができる。テレワーク当初はあまり仲間がいませんでしたが、サテキタという場所を通して新たな繋がりを作ることができました。今となっては、ここがないと結構困りますね」

「それにサテキタってすごく面白いんですよ」と続ける平田さん。普段仕事をしている隣のデスクでは、ひときわ異質の空間が。なんと漫画家さんが原稿を仕上げています。

(平田さん)
「後から知ったんですけど、隣のデスクの漫画家さんが高校の同級生で。彼からはものすごい刺激を受けています。

やっぱりアスリートというなかなか特殊な世界で生活をしていると、心が折れそうになる日もあって…。そんな時もくだらない話はもちろん、真面目な話をしたりすることで新しい視点が持てたりするんです。

彼も漫画家の世界という、ちょっと特殊な世界で生きているからこそ見える視点があって。それがある種の心の支えになったりしています」

サテキタはただの仕事をするための場所ではなく、人と人を繋げるハブのような場所であり、プライベートと仕事が絶妙に関わり合う、デュアルキャリアを輝かせるには必要不可欠な活動のベースだと話します。
漫画家とアスリート、一見、違う世界の住人のようですが、サテキタでは話が別です。ビジネスをベースとしない、シンプルな人と人との交流で新たな化学変化が起きているのです。

コワーキングを飛び越えて

「この場所を、ただのコワーキングスペースとして終わらせるつもりはありません。現状のサテキタはあくまで過程。実は、次のフェーズに向けてもう動き出しています」。そう語るは西野さんは、サテキタをひとつの拠点とした、さらなるエリア構想を広げています。

(西野さん)
「はじめにお話しした通り、僕がやりたいことは『自由に生きる』こと。そのために必要なのは、同じ目的を持った人たちが輝けるような環境づくりを行うことだと思っています。まずはその場所づくりとして、サテキタのような場所があることが重要だったんです」

ここまでは第一段階としての場所づくりであって、サテキタを介さないと成り立たないコミュニティは本当の意味の『自由』ではない、と続けます。

(西野さん)
「ここから大切になるのは、ネットワークのシェアです。ワークスペースとしてのTAYUMANUが第一段階、関わりやコミュニティをサテキタという拠点の中で循環させることができた第二段階。

そしてこれからは、そのコミュニティを場所にとらわれず外部と共有していくタイミングだと考えています。いわゆる第三段階ですね。

今まで行っていたことを『施設のマネジメント』とするならば、それを『エリアマネジメント』に飛躍させることが大切。仕事だけではない、人と人がマッチングしていくような環境作りを進めていきたいんです」

より楽しく、自由に暮らしていくには環境の整備が重要です。今はサテキタを中心として広まっているテレワークという新しい生き方を、この地域全体に行き渡らせることを次の目標にしています。それは自分たちの中で完結させるのではなく、周りを巻き込んで飛躍させることを意味します。

コワーキングスペースで終わるのではなく、コミュニティオフィスへの発展まで行き着くことができれば、本当の意味の『自由』が見つかるのではないか、と西野さんは語ります。

北の果てに芽吹いたコワーキングスペース「サテライトオフィス北見」。企業と自治体が手を結び、既存の概念を飛び越えて、これからどんな新しい未来を作っていくのか。期待に胸が膨らみます。

ライター:松井菜依加(まつい なえか)

1994年生まれ。北海道北見市出身。北海道武蔵女子短期大学教養学科 卒業後、道内金融機関に6年間勤務。2020年退職、フリーライターとしてProduce Oneを設立。北見市に拠点を構える映像制作プロダクション「株式会社北映Northern Films」チーフマネージャー・ライター。