お寺のDNAが産んだゆるく交流し、長くつながる心地いい居場所

(Text/写真:江口佐麻里)

豊中の町が見渡せる高台に立つ「智眼院見徳山安楽寺」。1644年に再興され(草創は不詳)、寺の境内にそびえる大蘇鉄が樹齢400年を超えることからも歴史の長さを物語っています。

その安楽寺の裏で、副住職の秦博雅さんが設立したのが「コワーキングスペースUmidass」です。もとは法事後に親族が食事をするための部屋でしたが、年々「お寺離れ」が進んで使われなくなったのを機に、コワーキングスペースとして利用することを思いつきました。

(樹齢400年以上と言われる豊中市天然記念物の大蘇鉄)

畳の部屋にその名残を感じつつ、かすかに漂う線香の良い香りに癒されるのはUmidassならでは。郊外にあるため電車や車の音もなく、威厳あるお寺から放たれる清らかな静寂に包まれています。

ここから新しい事業やモノ、出会いを生み出していきたいという想いで名付けられた「Umidass(ウミダス)」では、どんな物語があるのでしょうか?

ベースとなるのは人と人との関係づくり

幼少の頃からお寺の仕事を手伝っていた秦さん。安楽寺は豊中市を中心として500〜600件もの檀家を持つ大きなお寺なので、お盆に僧侶に来てもらい自宅で故人の供養を行う「盆参り」には、当時の住職である祖父と副住職の父親だけでは手が回りませんでした。そこで2人に代わって、小学5年生にして1人でおつとめに行っていたと言います。

(秦さん)
「子どもが1人で来ても檀家の方々に信用され続けていたのは、普段の関係づくりがしっかりしていたからです。お参りが減ってしまった今となってはその関係づくりが難しくなってきました。だから自分の子ども達は一人ではとても行かせられない。

でも大人と関わる習慣は大切だと思っているので、子ども達には住職である父親や私と一緒にお寺の手伝いとして檀家のお宅にお参りしたり、スポーツを通じて大人と接する機会を作っています。自分自身が関係づくりの大事さを実感しているから、それはいつも意識してますね」

「お寺離れ」と言われながら、お寺と檀家、一般の方との関係は時代とともに変化してきました。そして古い習慣をベースにした関係ではなく、新しい関係作りが必要になってきています。そこに、秦さんなりに考えた新しい関係づくりとして「コワーキングスペース」がありました。

(朝にお寺の仕事をしてからUmidassに出勤する秦さん。お昼はいつも受付で寝てしまうそう)

ふわっとした関係でいられるから心地いい

実はUmidassでも、以前は集客のためにコワーキングスペース内でのイベントや勉強会を開催していましたが、日々イベントの集客に追われることで本来の目的を失っていると感じてやめることにしました。

また、利用者同士で何らかの事業を始めても、お金と時間の価値観の違いで上手くいかなくなる例をたくさん見ることになり、そこも秦さんの理想とはかけ離れていきました。

コワーキングスペースの利用者同士の理想のコミュニケーションを、秦さんはこう語ります。

(秦さん)
「例えるなら「大きい会社での同期のような関係」ですね。全然関係ないのではなく、ガッツリ繋がってるわけでもない。たまにエレベーターで出くわした時に「久しぶり!昼飯でも行こか」となるような。そしてお昼を食べながら「最近どう?」「実はこういう専門家を探してて‥」「あ、知ってる人いるから紹介するわ」くらいの、一歩先、二歩先の人を繋げるくらいの関係が理想です」

Umidassの利用者にはひとつだけルールを守ってもらっています。Umidassの大きく分かれた二つの部屋のうち、“図書館の部屋”ではできるだけ静かに過ごしてもらい、もうひとつの“畳の部屋”では話しができる、という緩やかなルール。

その二つの部屋は秦さんが座る受付を挟んで向かい合っているので、前者の部屋で集中して勉強や仕事をした人が、休憩がてら秦さんと話したり、後者の部屋に話しに来る時もあり、それぞれのペースで気軽にコミュニケーションがとれます。

まさに「会社の同期」のような理想の関係。そんなふわっとした関係が自然にできていくのがUmidassの心地良さであり、秦さんの「無理をしない」という姿勢がUmidassの朗らかな雰囲気を作っています。

雑談をきっかけに気軽に相談できる頼もしさ

Umidassには利用者にとって嬉しい特徴があります。秦さんは以前、Webのコンサル会社に勤めていたためITに強い上に、中小企業診断士の顔も持っています。しかも秦さんの奥様は社労士として独立しているので、PCの相談や事業相談もできるまるで商工会議所のような頼もしさがあるのです。

また秦さんは、『meet-upとよなか』という豊中市の100近くの事業者が参加する団体の代表もされています。Umidassの中だけでなく、豊中市や近郊の事業者との関係作りができればと入会したそうですが、私自身も豊中市でグラフィックデザイナーをしており、秦さんとは『meet-upとよなか』を通じて知り合いました。

そしてこの『meet-upとよなか』にはさまざまな専門家がいるので、誰かの困りごとを助ける専門家を紹介できるのもUmidassの強みです。

(株式会社エミリアトラベル代表の稲見みずえさん)

今回、利用者の中で一番古い会員である稲見さんにお話を伺いました。稲見さんは旅行会社を経営しており、一緒に仕事をしているイベント会社のマルコさんと共に、仕事に集中できる環境としてUmidassを愛用しています。駐車場があるのでお客様との打ち合わせの場所としても最適。最寄り駅の大阪モノレール「少路駅」から「大阪空港駅」までも近いので、出張前後に利用できるところも気に入ってるそうです。

(稲見さん)
「マルコと2人だけで仕事しているとどうしても閉鎖的になりがちだけど、ここなら他の人とも話せるから外の世界と繋がれていいですよね。私はインバウンド事業なので、コロナでまともに打撃を受けて気持ちが落ち込んだ時があったんですが、そんな話を秦さんにしたら補助金の情報や活用のアドバイスをいただいて、すごく助かりました。1人だとどうしていいか分からなかった」

中小企業診断士事務所としてアポを取れば、時間やお金に縛られて相談事はどうしても事務的になってしまう。でも雑談がきっかけであれば、自然な会話の中だからこその気づきがあり、安楽寺で代々大切にしている「普段の関係づくり」ができているから、安心して相談できます。

マルコさんは日本語がまだ未熟なため、大阪府に提出する書類の書き方が分からず困っていたところ、秦さんに助けてもらったと感謝していました。しかも、自国イタリアに向けた日本のプロモーションビデオ撮影のロケに安楽寺を使わせてもらったり、安楽寺解体作業の際にはバックヤードツアーを開催するなど、雑談の中から生まれた企画が次々に実現しています。

(稲見さんとマルコさんと秦さん、3人で昔話に花が咲きました)

また一方では、過去の繋がりもしっかり続いています。Umidassができる数年前まで住職であるお父さんが経営していた塾の塾生が、父親が亡くなった際に仏事の相談に来られました。そうして長い時を経ても訪ねることができるのは、気軽に出入りできるUmidassという場所があるおかげです。

コロナ禍の前後で変化した利用者層

秦さんがUmidassを設立したのは2015年。当時はまだ、コワーキングスペースが全国で200施設くらい、大阪では20〜30施設ほどしかありませんでした。Umidass設立前は個人でECサイトを運営していて、頭を使う企画仕事をする際にはいつも近所のコワーキングスペースを利用していたことが、Umidassを思いつくきっかけになりました。

2015年からは、日本でもフリーランスが徐々に増え始めてきました。それに伴い秦さんや稲見さんのようなエンジニア、輸入輸出業、旅行会社、ブロガーなど多くの個人事業主が、自宅では仕事に集中できないためにコワーキングスペースを利用するようになりました。

ところが、2020年の新型コロナウイルス感染症の流行を機に、体が資本の個人事業者は感染を恐れて自宅に戻り、その代わりまるで入れ替わるように、リモートワークを余儀なくされた会社員が自宅では仕事しづらいためにコワーキングスペースを利用するようになった、と秦さんは言います。

(秦さん)
「コロナ前はUmidass利用者で忘年会をしたら皆が参加してくれました。マルコもパスタを作ってランチ会を開催してくれたんですよ。個人事業主の人は人との繋がりを求めてる人が多くて、顔を合わせたらそれなりにいい関係ができてましたね。

でも会社員の人は会社で時間を管理されているので、勤務中、要するにコワーキングスペースの利用中は話ができないのだと思います。中には勤務が終わればコミュニケーションをとる人もおられますが、誰かとの関係をあえて求めていない人の方が多いみたいですね」

また、Umidassには司法試験や行政書士などの資格勉強をしにくる人も多く、試験についての情報を共有することもあります。

(秦さん)
「僕が受けようとしていた中小企業診断士の試験日は、毎年お寺が一番忙しいお盆だったので諦めかけてたんです。ところが、東京オリンピックの年の2020年は試験日が7月にズレる、と資格勉強をしている利用者さんに教えてもらえたので挑戦することにしました。結果的には1年早く2019年に合格できましたが、すごくありがたかったですね」

この時も雑談によって救われたので、いつかコロナ前のような状態に戻ればいいのに、と秦さんは願っています。

ただ、コロナを経たからこそ変わりつつあるコワーキングスペースの利用法というものもありそうです。せっかくなら個人事業主と会社員が繋がれば、お互いにしかない知見を共有することで、Umidassの名の通りまた新しい何かが生み出されるのかもしれません。

コワーキングスペースをもっと身近に

2021年夏の時点で、全国のコワーキングスペースの数は1200施設以上にまで増えています。

秦さん自身もかつては利用者であったため、その必要性を強く体感していましたが、運営側に回ったことで多種多様な人々が利用すること、時期によって利用者が変わること、コワーキングスペースに求めるものが人によって違うことなど、さまざまな視点でコワーキングスペースを見通せるようになりました。

Umidassの利用者の中には、その時々の使い方によって複数のコワーキングスペースを渡り歩く人もいます。この「その時々の使い方」は、そのままコワーキングスペースの特徴に直結します。

それが可視化されて簡単に検索できるサイトがあれば、もっとコワーキングスペースの利用者が増えるかもしれない、と思いついて辿り着いたのが、日本最大級のコワーキングスペース検索サイト「コワーキングジャパン」です。現在の掲載件数は1250件以上(2022年4月現在)ですが、今後さらに増えていく見込みです。

コワーキングジャパン


(画像出典:コワーキングジャパンWebサイト)

「コワーキングジャパン」は、日本全国のコワーキングスペースを都道府県別で検索できるので出張先でも容易に見つけられます。アクセス・利用料金・設備など、自分の必要条件に応じて選びやすい上に、「打合せに使える」や「郵便物の受取が可能」など、こだわりの条件で検索できる使い勝手の良さがあります。

Webサイトの構築経験と中小企業診断士、そしてコワーキングスペースの運営を踏まえつつ、何よりお寺で培ってきた「人との関わり」から生まれた雑談によって誕生したサイトです。まさに、秦さんの集大成と言っても良いでしょう。

このサイトを通じて他のコワーキングスペース運営者との関わりが深まり、全国のコワーキングスペースに突撃取材するなど、どんどん物語は発展しています。そして、コワーキングスペースを通じて全国各地に「会社の同期」のような関係が増えれば、いろんな場所でいつも何かが生み出される、そんな面白い日本になっていくのではないでしょうか。

(豊中から全国のコワーキングスペースを俯瞰する秦さん)

その繋がりを日本中にひろげるコワーキングスペースのこれからが楽しみです。

ライター:江口 佐麻里(えぐち さおり)

1974年生まれ。大阪府大阪市出身。京都精華大美術学部ビジュアルコミュニケーションデザイン科卒。デザイン会社でグラフィックデザイナーとして3年勤務後に独立。印刷会社や代理店の仕事と共に、大阪府豊中市の地域密着の仕事にも力を入れ、「デザインで町を笑店街に」を掲げた町デザイナーに。北摂地域情報紙『CityLife』のライターとしても活動中。