目指すは港?「ちょっとしてみたい」を応援するシェアスペース

(Text:広野 真衣子 写真:オトナリ、広野真衣子、伊藤富雄)

島根県東部に位置する雲南市。豊かな自然に囲まれたこの街は、人口減少と少子高齢化から「日本の25年先の高齢化社会」といわれています。

そんな課題先進地・雲南を課題“解決”先進地にするべく始まったのが「雲南ソーシャルチャレンジバレー」です。子ども、若者、大人、そして企業を巻き込んだチャレンジのなかでシェアスペース「オトナリ」は誕生しました。

地域で働く場所・空間を作りたい

「働く場所や空間のプロデュースをしていくうちに、だんだん一企業が一ビルになって、やがて街やエリア自体に影響を及ぼすんじゃないかっていう視野が広がってきた」。そう語るのはオトナリ管理人の大塚 裕樹さんです。

オトナリを運営するたすき株式会社は、東京・下北沢に本社を構えるヒトカラメディア株式会社が母体となって設立されました。

(2020年9月 東京から雲南市に移住。雲南の噂話を聞きつけて、現地を見ずに移住を決めたのだとか)

(大塚さん)
「ヒトカラメディアは働く空間や働く場所、不動産の仲介などを行っている会社です。一言でいうと“働く場所をプロデュースする会社”。そこが地域で働く場所や空間を作ろうというプロジェクトを開始したことがきっかけで、一つの拠点として雲南市にオトナリをオープンすることになりました」

地域での働く場所・空間作りを視野に入れ、実現可能なエリアを探し始めたヒトカラメディア。そこで白羽の矢が立ったのが地域全体で社会課題解決を目指す雲南市でした。

ちょうど同時期に雲南市では「子どもチャレンジ」「若者チャレンジ」「大人チャレンジ」に続き、新たに企業が地域課題の解決を進める「企業チャレンジ」のプロジェクトがスタート。ヒトカラメディアは企業チャレンジの参画企業として、雲南市の課題である空き家を活用したシェアスペース運営に乗り出したのです。

(オトナリは木次商店街に面する空き家を改修して作られた)

雲南市との連携を進めるなか、大塚さんやヒトカラメディアの社員が感じたのは人々の柔軟性やベンチャーマインドの高さだといいます。

(大塚さん)
「雲南はチャレンジに日本一やさしい街を掲げているだけではなく、実践までされている。ここだったら僕らも信頼できそうだなとか、船に一緒に乗りたいなという感覚になりました。関わった方が本当に街や将来のことを考えているんだなと感じます」

人口約3万5,000人の小さな街に東京の企業が進出することは、経済的なメリットを考えれば合理的とはいえないかもしれません。それでも市の取り組みや考え方に共感する企業が集まっている現状に、大塚さんは面白さややりがいを感じています。

(大塚さん)
「近年ではSDGsなど、経済的な豊かさを重視しない社会的流れになってきている。その最先端を雲南が行ってると面白いかなと思います」

チャレンジのハードルを下げる場所に

オトナリはコワーキングスペース、イベントスペース、キッチンスペース、宿泊スペースの4つのスペースで成り立っています。

(大きな窓があるコワーキングスペース。日中は明るい日差しが心地よい)

平日は静かに仕事や勉強をしている人が多い一方、週末はレンタルスペースを活用したイベントで賑わうことも。一日限定のコーヒー屋さんやカレー屋さん、バーイベント、写真・アートの展示、ボードゲーム大会…… 開催されるイベントは実に幅広く、どれも魅力的です。

(元バーテンダーの会員によるバー企画。ほかにも多様なイベントを開催)

実は施設としての柔軟性を実現するために、大塚さんは運営コンセプトを「チャレンジを応援する」から「ちょっとしてみたいを応援する」に変更したのだとか。

(大塚さん)
「チャレンジっていう言葉にある種アレルギーを持つ方もいるっていうのが、雲南に来てからわかって。でも『自分だけだとできないけど、こういうことをやってみたい』っていう妄想は、きっと誰もが持っているなっていうふうに感じたんです。


だから1日限定でお店を出したかったとか、誰かを呼んで勉強会したかったみたいな“ちょっとしてみたい”をサポートできるように表現を変更しました」

何か新しいことを始めるということは、その人にとっては大きなチャレンジです。オトナリはチャレンジのハードルを下げることで、”ちょっとしてみたい”から一歩踏み出すサポートをしています。

その工夫の一つが、受け入れの間口を広げること。「オトナリに来た相談は基本断らず、『何でもできる場所』というスタンスで運営を行っている」と大塚さんは話します。そして、さまざまなイベントを開催するなかで、今度はイベントの参加者から相談を受けることもあるそうです。

(大塚さん)
「バーの企画をしたとき、参加された韓国人の方に『自分もやってみたい』とおっしゃっていただき、後日、チャミスルなどを提供する韓国バーを開いていただきました。実際にイベントに参加することで『自分もできるかも』と背中を押される方もいらっしゃいますね」

最近では、オトナリでお試し出店した人が実店舗を開業するケースも増えているとのこと。場所が人を呼び、人が人を呼ぶように、いつもオトナリにはたくさんのご縁や繋がりが生まれています。

企画・プロジェクトのヒントは雑談から

オトナリを語るうえで欠かせないのが管理人である大塚さんの存在です。施設の運営業務はもちろんのこと、時には利用者同士の橋渡し的な役割も担っています。

(大塚さん)
「僕が中心となって人を繋ぐっていうよりは、利用者さん同士で繋がってくれる方がいいなっていう思いがあって。それができるように、利用者さんがどういう目的でオトナリを使っているかを雑談混じりに聞いています。

たとえば勉強目的なら、なんでその勉強をしているのかとか、一息つくときは何をしているかなど…。 そこで関心のある人同士を繋げたり、何かあったときにパスを出せるように意識をしていますね」

コワーキングスペースを利用する人にはさまざまな思いがあります。人との繋がりを求めている、情報交換をしたい、集中して作業をしたいなど、 利用者にとって最適な環境を探りつつ、繋がりが生まれそうなところを上手くアシストするのが大塚さんのスタイル。

また雑談の中から得たヒントが、新たなイベントやプロジェクトに繋がることも多いと大塚さんは話します。

(大塚さん)
「利用者さんや街の人の話から材料を集めて、『これとこれを掛け合わせたら面白そう』とか『解決できそう』って感じで新たな考えが生まれたりしますね。自分で何かアイデアを出すよりは、今あるものをどう活かすかを考える方が好きです」

実は取材後、雑談中に「オトナリでフリーランスミートアップ開催したら面白いかもしれないですね!」と盛り上がる一幕も。常にアンテナを張って過ごす大塚さんがいるからこそ、オトナリは歩みを止めることなく成長を続けていけるのでしょう。

雲南ならではのワーケーション企画

オトナリは新たな取り組みとして、2021年に個別コーディネート型のワーケーションプログラム『雲南ふれ旅ワーケーション』を実施しました。市内のコワーキングスペースを拠点に働きつつ、「地域課題にふれる」「里山の暮らしにふれる」「地元雲南にふれる」の3テーマに沿った体験プログラムを楽しめるとして全国から参加者が集まりました。

(ふれ旅公式サイト。第一弾はサイトオープンからわずか2日で定員に達した)

企画のコーディネートを務めた大塚さんは、過去2回のワーケーションを振り返りながらこう振り返ります。

(大塚さん)
「反応的には結構良かったかなと思います。観光をメインにせず地域の生活に入り込めるような体験を用意していたので、参加者さんや受け入れ先同士の距離が近くなった。そのおかげで今年リピートで来ていただいた方も2組ぐらいいらっしゃいます。

よく『ワーケーションで関係人口を作る』みたいなことを言いますけど、それはできつつあるのかなっていう点では良かったと思っています」

用意されたプログラムは手漉き和紙体験やイノシシソーセージ作り、山仕事体験、まちづくり講座など。ワーケーションのために特別に用意されたプログラムというよりは、各受け入れ事業所の日常を体験する形を取っています。

飾らないありのままの雲南市を体験してもらうことで、より深く街を知ってもらう。そして地域にルーツや愛着を持つ関係人口を増やしていく。人口減少が進む雲南市において、雲南ふれ旅ワーケーションの成功は課題解決へのステップとなりました。

しかし課題もあると大塚さんは続けます。

(大塚さん)
「今回課題になったのは、ワーケーションに参加して雲南に愛着を持ったけど、リピートで参加できる企画や参加者同士で繋がれる機会がないことですね。ここの地域いいなって思うきっかけとしては良い取り組みだと思うんですけど、そこからどう点を線にしていくかみたいなのを、全体で取り組んでいく必要があるなっていう感じ。

そこで考えたのが、雲南の『たたら製鉄』から着想を得たプロジェクト合宿。たたら製鉄って昔は三日三晩夜通し火を入れ続けて玉鋼を作ったみたいなんですけど、みんなで玉鋼を作るように3泊して、その期間でプロジェクトを1個作るって感じの合宿はできそうだなと思って。

そういうストーリーとターゲティングができると実現できそうですね。雲南は受け入れのキャパがあるわけじゃないので、刺さる人に刺さればいいっていうのもあるし、開き直りができるのがいい」

課題は残るものの、次のステップが見えている様子の大塚さん。コロナ禍により2022年は開催を中止してしまったふれ旅ワーケーションですが、次回はさらにパワーアップした企画となりそうです。

目指すは港!オトナリが雲南の玄関口に

常に歩みを続けるオトナリ。2022年4月には宿泊スペースも整備され、滞在もできるようになりました。今後は施設利用者と宿泊者の繋がりを作りたいと大塚さんは考えています。

(2階に新設された宿泊スペース。中庭を覗きながら和室でリラックスできる)

(大塚さん)
「宿泊滞在の要素が加わったおかげで外から人が来る流れはできているんですけど、利用者さんと滞在する人が交わるとか、お互いに持ってるものを紹介し合うみたいな状況はまだできていないんです。外から人が来て、新しい知見がそこに集まってくる状況を作れればなと思っています。

イメージで言うと長崎の出島みたいになりたい。外から人が来たときとか、ここで何かやろうかなと思ったときに、まず立ち寄る場所。その玄関口ってどういう所かなと思ったときに港のイメージが湧いたんです」

街の人にとっても、市外の人にとっても「ちょっと寄って、聞いてみようかな」と思える港のような場所。そんな場所が雲南市にあればと、期待に胸が高まるのは筆者だけではないでしょう。

海に面していない雲南市で港を目指すオトナリ。今後の展開が楽しみです。

ライター:広野真衣子

1996年生まれ。島根県出雲市出身。島根県立大学短期大学部総合文化学科卒。タウン情報誌の営業として2年勤務後、アパレル販売員を経てフリーライターに転身。企業のオウンドメディアを中心に年間200記事以上の執筆を行う。