これまで働き方や働く場所については主に経営学や建築学などが中心となって研究が進められてきた。しかし、これからの時代の働き方や働く場所を考えるときに、地域やコミュニティなどの視点は欠かせない。

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Text:松下慶太(実践女子大学人間社会学部准教授)

筆者は昨年、『モバイルメディア時代の働き方』(勁草書房、2019)を出版した。この本では社会学やメディア論の視点から、コワーキングやワーケーション、地域や海外を含めて豊富な具体例を挙げながら地域やコミュニティと働き方・働く場所の未来を描いている。

このコラムでは本で触れているこれからの時代の「働き方・働く場所」のトレンドを「地域・コミュニティ」との関連から紹介していきたい。

モバイルメディア前提の世界観・経験

私たちはすでに、スマートフォン、PC、タブレットなどモバイルメディアを持たずに生活することがイメージできない時代に生きている。だが、モバイルメディアというメディアは考えてみると不思議なメディアだ。

テレビやラジオなどのマスメディアを思い浮かべてみよう。これらのメディアはその場から離れていても雰囲気や情報が得られるようにするメディアと言える。また手紙や電話などパーソナルメディアも遠く離れた人に情報を伝達するものと言える。つまり、メディアは離れた場所にいても情報を得られる、伝達する、逆に言えば、自分が動かなくても情報を得たり、伝達したりできるものだ。しかし、かつてのポケベルや携帯電話に代表されるように、モバイルメディアはそれとは逆に「Mobile: Move + Able = 動くことができる」という言葉が示すように、自分が動くことができるためのメディアだと言える。

また、こうしたモバイルメディアはメールや、LINEなどのSNS、またはオンライン会議システムなどを含めたソーシャルメディアとセットになっている。すなわち、インターネットに繋がりさえしていれば日々の生活や仕事、娯楽などさまざまなことがオンラインでもできる時代だと言える。このような話をするとオンライン、バーチャルですべてが完結するように思えるかもしれない。これまでオンラインとオフラインが二項対立的に捉えられてきた。しかし、実際はオンラインとオフラインの「どちらか」という話ではなく、どちらもが相互に影響を与えつつ、融合する世界になってきているのだ。

このような社会・世界観を社会学者・富田英典は「セカンド・オフライン」と位置づける。「ファースト」はこれまで考えられてきたオフライン、それに対して「セカンド・オフライン」とはオンラインを前提にしたオフラインを指す。ポケモンGoに代表されるようなAR技術などが分かりやすいが、それは都市部だけではなく地域でも起こっている。

例えば、テレビやパンフレットで紹介されたわけでもないのに地域のお店や場所に急に客が押し寄せてくることがある。その理由はたまたま訪れたお客がInstagramなどのソーシャルメディアで共有して、それが人気になっていたことだったりする。このように、現代社会におけるオンラインとオフラインははっきりと区別されるものというよりも、両者が融合していくなかで新たな世界観や経験が登場してきた、というように理解できる。

モバイルメディア時代の働き方・働く場所のトレンド

こうしたモバイル前提の世界観は私たちの働き方にどのような影響を与えたのだろうか?ここでは2つ紹介したい。

ひとつは働く場所が曖昧化していく中で出てきたコワーキングだ。これまでもテレワークやリモートワークのようにオフィスから離れて働くということは進められてきた。通勤がなくなることや育児や介護で家を離れることができない人たちには有効だ。しかし、そこで課題になったのはオフィスに行かないことで孤独になりがちになってしまうということだった。1人でマイペースに働きたいけれど誰かと一緒にはいたい。これはコミュニティ・組織に属している感覚の喪失と言い換えることができるかもしれない。

そこで登場してきたのがコワーキング・スペースだ。2005年前後からフリーランスなど1人で働く人たちがコミュニティ感覚を持つこともできる場としてコワーキング・スペースが現れ、それ以降世界中に広がってきた。2005年前後というのはスマートフォンを始めとしてモバイルメディア、ソーシャルメディアが普及していく時期とほぼ重なっている。

もうひとつは働く時間が曖昧化していく中で出てきたワーケーションだ。ワーケーションとは仕事(ワーク)と休暇(バケーション)が融合した働き方・休み方で近年、注目が高まりつつある。企業にとってワーケーションとはどのような意味を持つのか。

ヨーロッパなどでは休暇をしっかり取るが、日本では有給休暇の取得率はまだまだ低いのが現状だ。オフィスに行かなくても休暇先から仕事ができれば有給休暇も取りやすくなる。また滞在先でリフレッシュすることで仕事に関する良いアイデアが出たり、クリエイティブになったり、あるいは個人ではなくチームで滞在することで人材育成の一環としても期待されている。

さらには近年企業でも注目されている健康経営の施策としても有効だろう。なかには休暇中に仕事をするなんて嫌だ、と思う人もいるかもしれないが、人生100年時代と言われるなか、「遊ぶように働く、働くように遊ぶ」ことで自分をアップデートしていくことはこれまで以上に重要になってきている。ワーケーションはそのために効果的だと言えるだろう。またそのような文化を持つ企業が採用・募集で優秀な人材を確保する上でも有利になることも考えられる。

ワーケーションは地域にも注目されている。和歌山県や長野県をはじめ、全国のさまざまな地域で移住促進と観光産業、産業創出を含めた地域活性化のひとつのアプローチとして、地域の資産を再活用しつつ施設や制度を整える動きが広まってきている。

また、地域活性化において近年では移住促進と同時に、多拠点生活や関係人口といった「一時的にその地域にコミットする」ことに注目が集まってきている。その背景には地域だけではなく、「二枚目の名刺」や「副・複業」の解禁、プロボノ、さらにはフリーランスの増加など個人の働き方の変化も関連しているだろう。ワーケーションは観光などでの数日の短期滞在と移住との間の、流動性がありつつも比較的長期間滞在する、働き方を介した新たな地域との関わりが期待される。

コワーケーションが働き方・地域にもたらす可能性

さらに、ここまで述べてきたようなコワーキングとワーケーションを併せた「コワーケーション」は、2020年以降に動きが加速していきそうだ。コワーケーションはまだ模索期であり、企業、地域、また個人のワーカーがそれぞれどのような形が望ましいのか試行錯誤しながら進めているのが現状だ。逆に言えば、そこにはこれまでの地域や働き方を捉え直すさまざまなチャンスが眠っているとも言える。

コワーケーションの対象も若者から、カップル・夫婦、子どもを連れた家族、高齢者、あるいは東京や大阪など大都市から、他の地域から、海外から、などさまざまなレイヤーが考えられる。そうなると滞在先だけではなく、それぞれのレイヤーで求められる施設や経験も変わってくる。例えば、1〜2泊の滞在だったら行きたい場所、食べたいものと、1〜2週間滞在するなら行ってみたい場所、食べたいものは異なるだろう。前者を「一次的な観光資源」だとすると、後者は「二次的な観光資源」と言える。コワーケーションでさまざまなレイヤーの人から意見を交換することで「二次的な観光資源」が開発されたり、発見されたりするかもしれない。

そのためにはコワーケーションの施設や制度、経験を、地域の人と働きに来た人、仕事と休暇、のように分離して効率よくマネジメントする機会としてデザインされるのではなく、それらが混じり合い、融合したコミュニティとして機能する機会としてデザインされることが重要になるだろう。

大事なことは地域の何気ない日常にある

筆者が調査したニューヨークの「Outsite」というシェアホテル兼コワーキングスペースは、管理人がたまにしかやって来ず、説明書などもいまいち整備されていない。そのため滞在している客同士がキッチンや洗濯機の使い方、近所のカフェやスーパーの情報などをお互い教え合いながら「運営」していた。またスペインの「Coco tela」という宿屋兼コワーキングスペースも同様に、管理人が席を外しているときには長期滞在の客が代わりに対応したりしながら運営されていた。

このように自分がやってきた時よりも先にいた人に聞いたり、教えてもらったり、逆に自分より後からやってきた人に教えたりする、こうしたやり方は実は日本の地域のお店などではよく見られる光景だったりする。そういった意味では日本の地域はコワケーションの世界最先端、と言えるのではないだろうか。

そこで見られるのは、「場所に密着したコミュニティ」でありながらも「ゆるやかなつながりが常に新陳代謝するコミュニティ」である。こうしたコミュニティは都市部のコワーキングスペースなどで見られるビジネスの知識やコラボレーションを目的とした道具(インストゥルメンタル)的な「実践共同体」というよりも、それぞれがライフスタイルやワークスタイルを共有して、確認する、そこにあること自体が目的という自己目的(コンサマトリー)的な「スタイル共同体」とも言えるべきものである。こうしたスタイル共同体は地域のスナックや銭湯、食堂、喫茶店などさまざまなところで見出すことができるだろう。

このように地域の資産は目に見えるものだけではなく、それまで何気なくあったり、当たり前過ぎて気づかなかったつながりやスタイルの中にあるのかもしれない。このコラムを読んだ方々には、ぜひそういった視点で住んでいる地域や自分の身の回りを振り返ったり、仲間と語り合っていただければと思う。

【松下慶太プロフィール】

1977年神戸市生まれ。博士(文学)。京都大学文学研究科、フィンランド・タンペレ大学ハイパーメディア研究所研究員などを経て実践女子大学人間社会学部准教授。中央大学文学部・立教大学経営学部非常勤講師。専門はメディア論、若者論、学習論、コミュニケーション・デザイン。近年はワーケーションなどモバイルメディア・ソーシャルメディア時代におけるワークプレイス・ワークスタイル、渋谷における都市文化に関する調査・研究を進めている。

(著書)

『モバイルメディア時代の働き方: 拡散するオフィス、集うノマドワーカー』(勁草書房)