オーナーシップを持った人がつながり、たくらみごとを生む〜ゆるい系リーダーの“自走のデザイン”が息づく、まちのラボ〜

(Text:池田美砂子 写真:チガラボ)

「意識高い系の人たちが集う仕事場」。コワーキングスペースのことをこう理解している人がチガラボを訪れると、違和感を覚えるかもしれません。あるときは数組の親子がプログラミングワークショップに熱中していたり、またあるときは中学生と先生が対話をしていたり。シニア世代の方の話にビジネスマンが真剣に耳を傾けているかと思えば、バーカウンターに立つ女性とまちの人が夜更けまで語り合っていたり。使い方も集う人々も多様性に満ちていて、一言で言えば、ゆるい。とてもゆるい空気が漂っています。

「チガラボ」は神奈川県茅ヶ崎市、JR茅ヶ崎駅徒歩3分のところにあるコワーキングスペース。会員(コミュニティメンバー)数は約100名。自営業、会社員、主婦からシニアまで、16歳〜77歳の実に多様な人々が出入りしています。茅ヶ崎といえば湘南、サザン、サーフィン、海。そのおしゃれなイメージとは裏腹に、このゆるい空気は実は茅ヶ崎のまちそのものだと、「チガラボ」代表の清水謙さんは言います。

「都市と田舎の中間で、隙間も多くて、有名なのにまちとしての際立った感じもしない。東京からの移住を考えてはじめてこのまちに来たときから、気楽でいいなと思いました。不動産屋さんも全然売り込んで来なくて、『なんなんだこれは、鬱陶しくないぞ』と感じた記憶があります」。

コワーキングスペースに興味がないリーダー

そんな茅ヶ崎のまちに、初のコワーキングスペース「チガラボ」がオープンしたのは2017年1月のこと。組織コンサル会社のプレイヤー・マネージャーとして経験を積んだ清水さんが、40歳を機にこれまでのキャリアをすべてリセットすべく、“自分ラボ”と称して動く中で地域の人々と出会い、導かれるように立ち上げました。

「都内にいた頃は地域のつながりなんてほとんどなかったんですが、畑を借りたことを機にここの地域の人やNPOとのつながりができて、このビルのテナントが空いたときになんとなく企画書を書いたら『じゃあやってよ』みたいになって(笑)。 だから、コワーキングスペースというハコをやりたかったわけじゃないし、単に場所を提供するという意味でのコワーキングスペースには興味がないので、業界にも疎いんです」。

では彼の関心は何処に?「僕が興味があるのは、自分自身のオーナーシップを持って、愛すべき変態感や偏りを持って、なにか物事に熱中している人たち。そういう人たちにとっていいことが起こるコミュニティや場があったらいいな、と思ってチガラボを立ち上げました。“コワーキングスペース”って名乗っていますけど、箱は何でもいいんです」。

メンバーの自走を後押しする、数々の仕掛け

「チガラボ」には、清水さんのこの考え方に基づく数々の仕掛けがあります。例えば、毎月欠かさず行われる「チガラボチャレンジ」。2020年2月現在で39回を数えるこのイベントでは、毎月2名のチャレンジャーがビジネスアイデアやプロジェクトなど“たくらみごと”を発表し、参加者とともに前に進めるためのディスカッションを行います。

2017年5月のチガラボチャレンジで「映画作家が湘南で生まれ続ける」というビジョンを発表した安田ちひろさんは、その後、映画製作について学ぶ連続講座をチガラボで開催。仲間を集めて江ノ電の各駅を舞台に「江ノ島シネマ」を製作、上映するに至りました。

また、「おしゃれの力でハンディキャップのある人が社会とつながるきっかけをつくりたい」と発表した菊池小夏さんは、3年の時を経て、この春、ハンディを持った人々が出演するファッションショーを実現すべく動いているそう。他にも、「平日AMにひそかな企みをシェアする会」「はじめてのチガラボ」「TAKURAMIフェス」といった参加のハードルの低いイベントを多数開催。

こうしたメンバーのたくらみごとを実現するために、メンバーであれば誰でもチガラボでイベントを開催できる上、チガラボスタッフが企画、告知文作成、告知、集客、当日の進行までサポートしています。料金設定も、参加費の一部をチガラボが受け取る仕組みで、参加者がゼロならお互いの取り分もゼロ。メンバーにとってはイベント開催のハードルが下がり、チガラボにとってもイベントの質を担保できる、共創関係を結ぶ合理的な仕組みです。現在、チガラボの年間イベント数は約200本。そのうち約半数はメンバーとのコラボ企画だというのも納得です。

こうしてまちのプレイヤーが動き出し、コミュニティが生まれ、多くのたくらみごとが育っていくという、まちのラボ的役割を果たしているのです。

目指すべき状態は、自分が要らなくなること

たくらみごとが生まれ続けるチガラボに息づくのは、清水さんが豊富な経験から培った“自走のデザイン”です。

「組織開発をやっていた時代からそうなんですが、目指すべき状態は、コンサルタントが要らなくなることなんです。クライアントが自分たちで目標を見出して、自走していく。そのためのお手伝いはするんですけど、代わりにやってあげたりずっと一緒にやっていくのは、むしろ良くない」。

「僕はその人が思っていることを吸い上げてビジョンを見出すような組織運営がすごくしっくりきてて。自分も楽で、変なハレーションも起きない。場から何かが生まれることを信頼して関わるスタンスのほうが、結果も面白いということに味をしめたんですね」。その“自走”のために大事にしているのは、「待つ」こと、そして「ある程度のフェアウェイを共有する」ことだそう。

「何事でも、一時的に悪くなることって起こるんです。でも、じっと待ってると自浄作用とか場の相互作用みたいなことが起きて軌道修正されていく。コントロールしようとするとダメなんですね。ただ、世の中的フェアウェイはあります。たとえば『ソーシャル』や『ローカル』をキーワードに有識者と対話するイベントを開く。そうすると、その方の掲げる文脈がコミュニティの中で共有されて、それがみんなのフェアウェイになる。自由でありながら完全なフリーフォーマットではない、その微妙なトーンづくりは自分の塩梅でやっているんですけどね」。

湘南らしい働き方を提案する「ワーケーション」事業

清水さんが最近新たにたくらんでいるのは、湘南地区の「ワーケーション」事業です。

ワーケーション(Workation)とは、「Work」と「Vacation」を組み合わせた造語で、一時的に休暇で訪れた場所でオンライン環境を利用して仕事もすることを意味します。湘南らしい新しい働き方を提案するため、藤沢市、逗子市、鎌倉市のコワーキングスペースと提携し、2019年7月、一般社団法人ワーケーションネットワークを設立しました。

「湘南のライフスタイルを気に入って引っ越してきたのに都内に通勤し続けている人も多い。地域での起業や副業を視野に入れてワーク・シフトを起こすためのプロセスを、コワーキングスペースとして支えたいと考えています。そして、都内に住んでいる人にも、働く機会を湘南で柔軟に組み替えてもらえたらいいな、と」。

現在は、湘南エリアの畑で体を動かしてから仕事をしたり、水族館で仕事をしたり、シェアハウスと組んで期間限定ワーケーション体験を提供するといった体験型イベントをつくっている段階。「今後、お試し移住などの機会もつくっていきたいですが、あくまで主体は本人。ワーク・シフトを起こしたいと思ったときに、オーナーシップを持って自由に働き方を見つけられる状態になっている、それがこの事業のゴールだと思っています」。

場への信頼をベースに、ゆるいスタンスで

コワーキング運営においてもワーケーション事業においても、清水さんがこだわるのは人のオーナーシップ。根底には、オーナーシップを持った個人が集う場への信頼があります。「それぞれのオーナーシップが大事にされている中で、特に多様性のある場ができると、そこでは良い相互作用が起こってくれるだろう、と。そのほうが僕も楽ですし(笑)」。

清水さんは「楽」「気楽」「ゆるい」とよく口にします。立ち上げ時から「僕は半分しかいない」と宣言し、チガラボでもゆるくて型破りな運営を続けてきました。いくつもたくらみごとが沸き起こる背景には、まちの空気然り、リーダーのあり方然り、じわじわと滲み出る”ゆるさ”が寄与していることは間違いなさそうです。