夢は思いついた瞬間からスタート!〜誰もが自由に働ける場所を作りたかった〜

(Text:小田航平 写真:石井真)

人と人が化学反応を起こし、自発的に回るコミュニティに

「誰もが夢を実現する場所を作りたい」。代表の江原政文さんがフリーランスとして働く傍ら2016年に「コワーキングiitoco!!」(以下、イイトコ)を市内初のコワーキングとしてオープンしました。

「新卒で会計事務所に入社して10年間、業務量が多く深夜まで働き身体を壊したこともありました。目の前の仕事をこなすことが社会のためになると信じ切っていたんです。7年前にフリーランスになり、想像以上に働き方の選択肢があり、本当に楽しそうに仕事をしている人の多さに気づきました」。

場所は長野県佐久市。軽井沢に隣接し、東京から新幹線で約75分と2拠点生活もできるほどアクセスが良く、八ヶ岳や浅間山に囲まれ、日本有数の晴天率を誇り、涼しく空気の澄んだ地域です。

元ペンションの建物を覗くと、1階は中央に広い机の置かれたフリーアドレスエリア+アトリエ、2階は個ブースと会議室、キッチン。農家やクラフト作家、大工、ITエンジニア、デザイナーなど利用者は実に多彩で、異業種である彼らが雑談で盛り上がる姿は都会にはない光景かもしれません。

「ただ机を並べたシェアオフィスではなく、人と人が化学反応を起こす場所にしたかったんです。そのために、新たなユーザーとは必ず話して価値観を共有し、他のメンバーとつないでいます。そうすると自然にコラボが生まれていくことがわかりました」。

このコラボこそイイトコの大きな特徴です。様々な技術をもったコワーカー達が力を合わせることで、新たな価値が生まれ、同時に新しいジャンルの仕事に挑戦できます。そして人と人の距離が近く、働きかけた決果がお金だけでなく、笑顔やありがとうの言葉だったりする。ダイレクトに反応が返ってくるからまた喜ばせたくなる。このコミュニティのあり方が仕事を面白くさせる大きな要因です。

江原さんは1年目から早速、「Jelly」というイベントを軸に、読書会「Read For Action」、ビジネスモデルキャンバスなど様々な仕掛けを打っていきます。「Jellyとはカラフルなジェリービーンズが由来。”様々なバックグランドの人達が集まり一つのことをやる”という意味です。ブログJellyや記帳Jellyなどイベントを開き、集中と交流が程よくできる場と機会を提供しました」。

また、運営者の江原さんがいなくてもメンバー間で自発的に回るコミュニティもイイトコのまさにいいところ。「出張や打ち合わせで空けることもあるため、僕個人だけが起点ではなくメンバー全員が起点になるコミュニティを作りたかったんです。メンバーの数だけ化学反応が起こる。イイトコのメンバーはそれが可能なので、時には僕の知らないところでそんなプロジェクトが始まっていたの!? なんてこともあるほど」。

そうした運営スタイルを背景に、イイトコから一つのブランドが誕生しました。ハンドメイド雑貨『cocoiro』は、アトリエを利用する革靴職人とステンドグラス作家がコラボしたもの。他にも食育活動をしている方のホームページをWEBデザイナーが制作したり、塾講師とコワーカーが共同でカリキュラムを創ったり、イイトコのあちこちで新しいビジネスが生まれています。

コワーキングと「旅」、そして「農」とのコラボ

2年目の冬、同じ佐久市の中込地区に老舗旅館をリノベーションした『柏屋旅館シェアハウス&ゲストハウス』がオープン。デザイナーやアーティストのために、住まいとアトリエを兼ねたSOHOのシェアハウスで、こちらも佐久市初です。ものづくりの分野で起業する人が暮らしやすく、ゲストハウスには1年を通して県外や海外から旅人が訪れます。

「個人的に、全国の様々なコワーキングと横につながる活動をしています。そうすると佐久にも来てくれて、その時は必ず柏屋旅館に泊まってもらい、佐久の活動家と交流会をします。まあ、そうでなくてもほぼ宴会パターンですけれど」。そう言って江原さんも笑うほど毎日が賑やかです。広い厨房と大広間があり、「宿泊付きの滞在型ツーリズム」を提案できるようになったのは地方のコワーキングにとっては大きな前進です。

そして、「旅」の次は「農」。里山風景の広がる内山地区に『うちやまコミュニティ農園』を2019年6月にオープンしました。同内山地区で活動する「つながり自然農園」とのコラボ運営です。「若い世代は農に触れたいと思っても仕事や子育てで忙しく、知識や技術がないことでハードルを高く上げてしまう。それなら、みんなでそれぞれのペースで農作ができる場を作ろうと考えました」。

「個人としても、食という一番のライフラインを自分で確保してみたいなと。東日本大震災や過去の佐久の大雪の際、スーパーやコンビニから食料がなくなる光景を見て、流通を一つのチャネルに依存することに疑問を感じていました」。

かと言って、不思議とストイックさは江原さんにはありません。「僕は農素人です」と自称する江原さんらしく、企画はどこまでも楽しみ重視のようです。とにかく好きな野菜を育てればOK。大きく育ったジャガイモを近隣のカフェとコラボしてフィッシュ&チップスにしたり、収穫祭ではダッジオーブンでBBQ、忘年会ではお米を炊いて皆でおにぎりにしたりと、とっても楽しそう。「なぜコワーキングが農園なのかと、疑問に思われる方もいると思いますが、単純に農園にコワーキングの概念を入れたら楽しそうと思ったからです」。

今年は埼玉から農園への参加者が現れました。週末に佐久にやって来て、イイトコで仕事をしつつ、「農」に触れ、夜は柏屋旅館で交流会と、「まさしく理想のケース」と江原さん。点から線、そして面へと、コワーキングがハブとして機能した瞬間です。

行政とのコラボ。そして街全体をコワーキングに

2019年夏には『SAKU SAKU SAKK』のという佐久市のプロジェクトがスタートし、そのメンバーとして、首都圏と地元の活動家をつなぐキャンピングセッションを実施しました。「佐久には尖った活動家がたくさんいます。その点を面として魅力を発信する活動でもあります。おかげで佐久に足を運んでくれる方が徐々に増えてきました」。

また、このプロジェクトでは、佐久市の施設を改修し「ワークテラス佐久」というコワーキング&シェアオフィスを2020年4月に始動させることになっています。首都圏から近い立地を活かし、テレワークの街佐久として首都圏との関わりを増やす試みでもあります。と、ここで、衝撃のニュースがありました。

「実は、イイトコはこちらの施設に移転します。賃貸の宿命というやつなのですが、急遽、今の物件から出なくてはならなくなったのです」。少し寂しそうに、でも、希望にみなぎる眼差しで江原さんは続けます。

 「きっと、ステップアップのタイミングだったんです。佐久市初のコワーキングとして運営してきたことが、このご縁につながったと思っています。それに、今まで一緒にコワーキングしてきた仲間がいることはこのプロジェクトにとってもすごく価値があります。場としてのイイトコはなくなりますが、イイトコの活動はそのままここで継続します。今こそ行政ともコラボして、街全体をコワーキング化して面白い人が来てくれる街にしていきたいと思います」。

すでに未来にフォーカスする江原さん。東京一極集中の傍ら、佐久市のようにローカルに刺激的な場を作り出している例が今となっては沢山あります。そして、実際に地方に暮らし、都会にはない体験や交流を通じて、自分の仕事や人生に活かすことが、今後のコワーキングの方向を示しているのかもしれません。