入居者が「背中」をあずけられる空間を〜駅から40分、隠れ家オフィスで営まれる事業〜

(Text:福永理美 写真:山崎いずみ、清水千秋)

滋賀県守山市。駅から徒歩で40分の閑静な場所にあるのが、「ROOTコワーキングスペース」(以下、ROOT)です。物販・不動産・メディア運営など様々な業種の人が在籍するこのスペースでは、「運営を入居者でシェアする」という変わったスタイルが成立しています。そんな入居者同士が「背中をあずけられる」、ROOTならではの関係はどのようにして生まれるのでしょうか。

一軒家の隠れ家オフィス、ROOTコワーキングスペースとは

守山市郊外を走る県道42号線から脇道に逸れ、左手に畑を見ながら、車1台分しか通れない幅の道を進む。右手に見えてくる、ひっそりと看板を掲げられた平屋の建物、それがROOTです。50坪ほどの庭がある、一見すると普通の民家にしか見えないこの建物には、10事業者15人が入居しています。

ROOTを運営するのは、市内在住の山崎いずみさん。コワーキングスペースをはじめて7年目、この場所では3年目となります。以前は、駅から徒歩20分の利便性のよい市街地にあったのですが、むしろ現在の場所に移ってから入居者の数が増えたと言います。

「滋賀県では主な移動手段として車を使う人が多く、入居者や来客のことを考えると、広い駐車場が必須です。でも、駅前などの利便性のいいエリアでそれを確保しようとすると相応の費用がかかり、運営自体が難しくなる。そこで、郊外でもいいから駐車場を確保できる物件を探して、今の場所になりました」。

ここは、近隣に住む方が別荘のように利用していたという建物で、ロフト付きの3DKに駐車スペースも13台分という理想的な物件でした。

「個人的にご縁のあった、地元のおばあさんがやっている不動産屋さんに紹介してもらいました。以前から、不動産物件を持つ方は、大手の不動産業者ではなく、昔から地元で仲介業をなさってる方を信頼しているだろうなと感じてたんです。ROOTを移転をするとなったとき、なかなかいい場所が見つからなかったのが、そのおばあさんに連絡したら、すぐに紹介してもらえました」。 

異業種が集まる空間で、サポートし合える関係をつくる

不動産・設計・物販・メディア・福祉・農業…と、さまざまな事業を営むROOTの入居者たち。異なる業種の人が同じ空間にいることで、お互いの強みを活かしてサポートし合う関係が生まれています。実は筆者もROOTに入居するメンバーの一人です。チョコレートのネット販売を手掛ける中で、自分とは異なる分野の人たちによく助けられています。

例えば、仕事をしているときの何気ない雑談から、国の補助金事業や、有利な融資、ビジネスコンテストなどの情報を得ることがあります。冷蔵設備を導入する際には、見積額が適正かを入居メンバーに相談させてもらいました。その一方で、自分が得意なワードやエクセルの相談に乗ることもあります。一人だと延々と悩んでしまうのに、人に相談すればすぐに解決することはたくさんあります。相談できる人のいる空間があることが、ROOTを利用する大きな理由になっています。

また、コワーキングスペースを使う人は、IT関係や士業などの仕事が多いと思う方もいますが、そうではない業種の人にもメリットがあると、不動産業を営む後藤正仁さんは言います。

「まずは、固定費を下げられることですね。地方でもワンルームを借りれば、家賃だけで4〜5万円、店舗なら10万円程必要です。それが、ここだと光熱費を含めて2万円で済みます。経費をかけないことで商品価格を下げられるのなら、お客様にとってもいいことですからね」。

さらに、オンとオフのメリハリをつけられることも、自宅の一室ではないコワーキングの良さだと言います。

「僕みたいな脱サラしたタイプは、一人ぼっちでポツンと仕事をすることに慣れてないんですよね。ROOTにいれば、仕事関係の業者さんがフラっと寄ってくることもあるし、お客様も来やすい。集まっている人の職種が違うので、知識や人脈を共有できるのもメリットですね」。 


運営者も入居者も立場は同じ。信頼の中で、「背中をあずけあう」

コワーキングスペースと言えば、建物の施錠管理、清掃、郵便物の仕訳、電話番などを運営者が行うのが一般的です。しかし、ROOTでは、それらを入居者全員が担う流れが自然にできています。運営者の山崎さんがROOTに出勤するのは、週に2~3回程度。山崎さんのいない日は、最初に出勤した入居者が鍵を開け、郵便物をチェックしてクリアファイルに仕分けし、メッセージアプリで連絡。電話も出勤している人が応対するし、清掃は運営者以外にも、気になった人が勝手にやっていることもよくあります。

「ROOTでは、入居前に面談をしっかり行っています。入居希望者の要望を聞きながらも、ROOTができることを伝えて、お互いの擦り合わせをするんです。ROOTの雰囲気を伝える中で、合わないなと思った方は入居されませんし、こちらからお断りすることもあります。そうしてから入居する方は信頼の置ける人ばかりなので、施錠まで安心して任せられるんです」。

『運営者と客』ではなく、山崎さんとの信頼関係を築いている入居者たち。ちょっとしたことでも山崎さんに相談することが多く、それが意外な方向に向かうことがあります。例えば、障がい児向けの子供服と、中古着物の物販業を営む岩倉絹枝さんは、コワーキングスペースを活用することで事業の拡大に繋がりました。現在、ROOTには200枚以上の着物が保管されています。

「はじめは自宅で小さくやっていたのですが、山崎さんがスペースを管理しながらできる仕事を探していて、じゃあ着物の事業を山崎さんに手伝ってもらおう、その代わりROOTに在庫を置かせてもらおう、となりました。自宅を出たことで規模が拡大できましたし、その後パートさんを受け入れられた点でも、入居して良かったなと思います」。

また、入居者が自社のスタッフをお互いにシェアするのもROOTの特徴です。例えば、もともと岩倉さんの事業を手伝っていたスタッフさん数人は空いている時間を利用して、山崎さんが第二創業として始めた「エディブルフラワー」(食べられる花)の栽培・販売にも関わっています。スタッフさんには同じ作業場所で働ける時間が長くなるメリットがあります。一方で、山崎さんにとっては、信頼できる方に仕事を頼めることが大きな魅力です。


そんなROOTを最初に立ち上げるとき、山崎さんが「自分はどんなスペースにしたいんだろう?」と考えて思い浮かんだのは、あの『トキワ荘』だったと言います。手塚治虫や藤子不二雄などの有名な漫画家が入居していたアパートのように、お互いを意識しながら切磋琢磨しあ合う環境がいいなと考えたそうです。

「コワーキングの目的は、一人一人がやりたい事業を収益化して継続していくことです。それに必要なのは、運営者一人の主観ではなくて、多角的な視点から質の高い、生きた情報を得ることだと思います。なので、私もコワーキングだけでなくいろいろな事業に着手しています」。

そうして、失敗も笑い話にして共有しています、と山崎さんは語ります。お互いのやってきたことを共有できる環境があれば、みんなの事業が加速する。それが山崎さんの作ろうとしている『背中をあずけ合える関係』であり、ROOTはまさにそのためにあるコワーキングなのです。